217 なんとなく作戦はわかったよ
「急ぐなら、フラカラ卿の分野でしょ?」
「たわけ者」
アンタバカって意味だ。
「余が二人もの乙女を見捨てられるものか。乙女を背にする重責があるのだ」
バンシーは飛んでいますけど。
「そう。です、か」
三対一でも、コールド負けな気分の洋次。やっと城外。とても広い意味での後始末の真っ最中だ。
「め、メアリー」
「よう」
メアリーには主君、ご主人様になるカミーラとテミータ。それにハリスとカンコーとの会談を洋次は乱入した形になった。
「いけません。会談の。洋次卿」
「あら、典膳のアンちゃん」
典膳。これは洋次も知らなかったんだけど、料理人の古風な表現だ。カンコーもニホンの稀人と関係があった可能性がある。
「はいはーーい。あのね、アンね。〝れんにゅう〟をつくったのーー」
「練乳?」
フラム夫人の目が光った。くどいけど、この奥様。シロアリ人の半独立国テミータ公国との最恵待遇締結を渋っていたカンコー家の代表者だ。
「あ、アンちゃーーん」
娘のミーナが呆れるほど軽々と身を翻してアンに接近。
「〝オネエちゃん〟ねぇ。今とても大事なことを聞いたんだけどーー」
とても貴族の伴侶としての威厳とか高飛車さなんて微塵もない。
「なーーにーー?」
「それはなあに?」
膝を落としてアンと視線を合わせるプラム夫人。
空気読んでくださいとコンラッドはこめかみを押さえて、でも無言。最恵待遇の成立が、今回の騒動のダメージを最小限に食い止める政治的便法なので、どうしてもプラム夫人の機嫌は損ないたくないのだ。
「練乳、よね?」
「うん」
「メアリー? コンラッド?」
こんな時。
メアリーには秘密兵器があった。そう、風の精霊がオキニにされていた美少女エルフメイドの秘密の伝言術だ。
(洋次。発言はダメですよ)
携帯電話も電話機も存在しないオルキアで、突然洋次の耳元に囁く声。
音声はメアリーに間違いないけど、彼女との距離は数メートル離れている。
(どうして?)
(声をださないで)
洋次とメアリーの中間に、東風の精霊、コチが立っていた。そしてどうやら、コチの姿はプラム夫人には写っていないらしい。
(これって……〝風の便り〟か?)
メアリーがコクりと頷いて、その、胸も揺れた。
(洋次。どうしてもプラム夫人を説得して、最恵待遇の締結を図りたいのです)
(さいけい?)
(詳しくは後ほど)
(そっか。でも風の便りなんて忘れていたよ。だってメアリーが禁止……)
(ご冗談はお控えください。い、いいまは)
メアリーは〝風の便り〟でも噛んでしまった。それくらい正直メアリーには恥ずかしい経験なのだけど、以前洋次は『モンスターの歯医者さん』の宣伝媒体として、当時は幼生体だった風の精霊たちを利用したのだ。
「アン。じゃあ果物にタップリ練乳をかけるデザートは」
稀人と呼ばれることが専らな本名は板橋洋次なる青年。
アンが持っていたアイテム一式。お皿に洋次が運んだ果実を注ぐ。
「まぁ。これに」
「はいはーーい。練乳かけるよーーー」
粘度が強いからどっくんどっくんと流動に強弱のある練乳が、果実をひたひたにする。
「今日はねーー。ハチミツもまぜたからーーー」
「まあ素敵」
組んだ手を頬に当てる、古風な感激ポーズをするプラム夫人。
(洋次)(なんとなく作戦はわかったよ)
風の便りと目配せでの会話。
「じゃあ、これは友好の記念の乾杯の代わりに。令嬢カミーラとペネ嬢は未成年ですからね。お酒での乾杯はナシ、で」
「では、お運びします。なれど」




