216 プラム夫人の難色
「では、こちらの『友好の契り』に署名を」
オリク地方の代官職を務めるコンラッドが素早く書類を仕上げた。
「あら。〝しまい〟ではないのですか?」
「姉妹? それは、その今回の騒動が勃発しなければ」
これはまたトンだお嬢様発言だとコンラッドは眉をゲジゲジにした。
テミータの王位争奪の内戦に巻き込まれていなければ、ペネが乙女ではなくなる一時しのぎで、ハリス・サラージュ・カンコーが姉妹の仲になる予定。
ハリスの象徴である一角獣フラカラが、守護する乙女を失わなくて済む詭弁の関係だった。
「レディカミーラ。そのテミータは」
予定通りの三家なら、姉妹都市、姉妹領で問題ない。でも、シロアリが関係すると、同枠にする抵抗感がハンパない。
って配慮は、カミーラには無用らしい。
「でも、シロアリさんと姉妹はねぇ」
カンコー伯爵家の夫人、プラム。
「で、御座いますな」
それが普通の反応じゃないのか。
「まぁ大変」
「大変です」
シロアリ人のクニ、テミータの暴走が収まらないと管轄地でなくても、深入りし過ぎてしまったコンラッドの立場も危うくなる。でも、ちょっと前までバトルしていたシロアリ人たちと、すんなり友好関係を締結する感覚は、さすがに貴族じゃない代官には備わっていない。
「新公王陛下は殿方ですのものね」
そう来たか。
最大限の作り笑顔か、引き攣りか。コンラッドは声を無くして笑う。
「それでしたら親子」、ううんそれもダメですねと弱い否定をするカミーラ。牙が生えていないなどの理由で吸血行為が未完だから、成人扱いがされない。だから正式な伯爵家継承が保留になっている美少女吸血族のお姫様だ。
「兄弟? それとも?」
どうしましょうとにこやかにお悩みになっているカミーラ。
「最恵待遇では?」
シーツを羽織ったみなし着衣でも襟を整えるキコロー取締官。
「では、そのように」
話しがまとまりそうで安堵顔のコンラッドだったけど、その安心はコンマ秒も持続しない。
「ハリス家もテミータ公国が望めば署名します」
真後ろで目を皿にしている婚約者を尻目に提案するハリス家長子のペンティンスカ。
「おお。感謝します。ご迷惑をかけたハリスからの提案。サラージュとの最恵待遇と同様の喜びです」
新公王も、どっちか派とバトルしたのか。
騎士団の副団長だった割に衣服なし。シロアリをそのまま拡大したようなボロボロのノゥ公王は拝礼でペネ──ペンティンスカの申し出を歓迎の表明をする。
で、残りはカンコー家。
「母上」
カンコー家の娘、ミーナー。少し前に歯痛を訴え暴れに暴れて洋次に抜歯された、こちらも実はお嬢様だ。
「でもねぇ、ミーナちゃん」
カミーラと同じ。いや、母親で伯爵夫人が健在な分、ミーナの権限は弱い。旦那さんの伯爵がこの場に隣席していない以上、プラム夫人の趣味がはカンコー家の意志になる。
せっかくの最恵待遇での友好関係締結は不成立。
もしくは欠陥商品での旅立ちになる危険性を孕みだしていた。
「はいはい、急いでーーー」
アンは一輪挿しの花瓶サイズのツボと大皿だけ。一方洋次は背負子でツボを何個も運搬している。
異世界魔法で超光速で練り上げられた練乳の詰まったツボと、季節の果物がズシリと肩紐から伝わっていて、ヘビィだ。
「アン。あのねぇ」
「いそぐいそぐーー」
「洋次、がんばれーー」
「全く、威勢の良いのは口だけか?」
まさかの三対一。料理人アンと北風の精霊のバンシー。それに洋次的にはどうしてサラージュ城の厨房にいたのか意味不明な一角獣のフラカラ卿が稀人、貴族の末席に位置する洋次をせっついている。
「ああ。カミーラとテミータが、もう色々やってるし」
「テミータじゃないよーー。シロアリだよーー」
「うーーと、シロアリ人の中で」
「まれびとーー、はやくはやくーー」
「はいはい」
背中からツボ同士がぶつかる音が煩いし、アンとバンシーも煩いし。




