21 イグは私の兄妹だもん
結局正味三十分、ヴァンとダベっただけの時間経過に終始していた。それでも貴重な情報が混じってはいたけど、今すぐ稀人になっている洋次の次ぐなる行動への手がかりは掴めていない。
「ふぅーーー。特技もない俺がナニしましょうかね」
まず、籠と食べ終わった串をニコに返却だ。
「籠も串も使い捨てじゃないんだ」
余談だけど、チキュウでも串を消耗品扱いにする国は、実は少数派なのだよ。
とことこと町の中心部らしい地域に接近する。
家屋の密度が低いから、ニコの店の看板が、もう視界に入る頃。
「おい、うちの娘みなかったか?」
はい、事件発生、お父さん一丁。しかも仕事中でしたと前掛けを装着、片手に刃物持ったままってのが説明設定ですね。
「お、どした?」
麻袋を担いだドワーフっぽいオジさんだ。
「いや、例のヤツ、そろそろ寿命だから潰そうとしたんだけどさ。いないんだ。どうも昨日から姿を見てねぇんだ」
「あ、あのトカゲか。肉固くてそんな上手くないけど、働かないんじゃ仕方ないよな」
籠と串を返すために町に入りながら食べ物屋の主人と鉢合わせしたくなかった洋次は首を引っ込めた。
「どうもアンが逃がしたんじゃねえかな。アイツ出前から帰ってこないんだ」
逃がす。
行方不明。
でも、さっきトカゲと一緒に歩いていたじゃないか。
「まさかねぇ。でも確認してもよさそうじゃないのか」
そうだ。昨日、大量に鳥の罠を仕掛けた場所。あそこじゃないのか。
幸いに食べ物屋の主人のニコは、昨日の荒れ地とは別方向に移動した。
だから、洋次には時間の余裕があった。
「イグ、イグ。心配しないでね。きっとお父さん説得するから」
異世界に飛ばされ──転移して死ぬ可能性があった儀式の生贄になりそうだったり空腹から逃れるために罠を仕掛けて廉価で販売した。
罠そのものが予め準備されていたもの、つまり他人の物品の無断使用だ。いくら飢える恐れのある状況でも、洋次は配慮が足りなかったと言える。
どうして、荒地に木枠やトゲトゲの枝葉が揃っていたのか、と。それはどんな目的で設置されていたのだろうか、と。
「だからイグ。お前も働いてね。ううん、今まで通りじゃなくていいから。例えば……」
「つまり、俺が無断で借りちゃった木枠とかってイグの家──」
全長二メートル半。小型馬のほぼ同サイズのトカゲが、アンの失踪の理由だった。
そして洋次が鳥捕獲の罠に転用した木枠やトゲトゲの枝葉は、イグって名前の使役動物を匿う秘密の場所だったのだ。そうとは知らない洋次が、鳥を捕獲して浮かれていたのだ。
「あんた、昨日のどろぼう!」
どろぼう。商売仇とイグの隠し場所の木々を無断利用した意味だっなんて。洋次は二重にアンから、〝どろぼう〟してしまっていたんだ。
「あ、ムダだから網籠投げないでよ」
「あんたの言うことなんて信用しない。どろぼうは悪い人だもん」
ところでアンは洋次がオルキア語喋っている事実は感情が波立っていない。子供の柔軟性なのか、それよりもイグを守りたいのか言葉使いなんて無関係に洋次が嫌いなのか。後者だったら悲しいな。
「そうだよねぇ。でもさ」
そんな積もりはなくてもアンとイグってオオトカゲを見下ろしていた。ゆっくりと膝を折る。
「悪い人でも、改心する時だってあるんじゃないかな。それに、そのイグ」
「勝手に呼び捨てしないで。イグは私の兄妹だもん」
「でも、イグ君?」
敬称を付属したので反論はなし。冷静にオオトカゲを観察する。
「病気だろ?」
獣医ではない洋次だけど、イグの肋骨の配列が一瞬でわかるほど痩せ衰えている惨状がわかる。
「やっぱりそうなの。助かるの?」
「ええっと。アンちゃん。アンって呼んでいい?」
「うん」
「アン、イグ君に俺を噛まないでって頼める?」
「イグを直してくれるの? なら大丈夫。イグ……」
頭部のサイズと歯列を見れば、イグの噛み砕き力は抵抗なく洋次の手首を切断するだろう。だからどうしてもイグを抑えなきゃね。
「やっぱり歯がボロボロだ」
アンがイグの、オオトカゲの目の下付近を撫でている。それまでの親密度なのか、イグの警戒的な威嚇の鳴き声が止んだ。
「かなり痛んでいるけど、何年生きているの?」
動物によっては歯のサイズなどで年齢がわかるらしいけど。
「知らない。でもイグは私より年上だよ」
「ならお兄さんかお姉さんだね。ねぇアン。網籠の中身は?」
「イグのご飯だよ」
「見せて。ああ、こ・れ・ね・」
洋次。つまり板橋家ではペット飼育の経験はない。でも物の本とか世間話的な知識で、人間の食事は動物には高カロリーや高塩分で不向きだと聞き覚えがある。それに加えて、イグは高齢化などが原因で歯が痛んでいる。
つまり、栄養失調だ。
「つまりね、イグを治すにはアンが頑張らないといけないんだけど?」
「治るの?」
ウッカリ洋次はイグに敬称を忘れてたけど、治るの呪文の効力が優ったらしい。
「じゃあ、俺が頼みたい道具、ここまで持ってこれる?」
うんの返事の前にダッシュしてしまったアン。




