209 アジュタントが
ほとんどのサラージュ領民が城内に避難した中で、極小数踏み止まっていた変わり者たちがいた。
ランスの工房。
本業になるのか、刀剣や蹄鉄や鋤鍬の製作よりもミキサーの製造工房にシフトしていらこの場所も、シロアリ人たちの暴走の標的、攻撃対象になっていた。
「もう、腕が動かない」
工房の長、ランスの息子であり弟子。そしてミキサーの製造責任者になっていたコダチは、暴走するシロアリ人たちのところ構わず囓り攻撃から竃を死守防衛していた。
「ねぇねぇ」
細工師のホーロー。コダチの幼馴染で、口喧嘩仲間、そして身長も胸などもビックサイズな女性だ。
「なんだ、新手が来たか?」
「ってもう戦えないクセに」
「気構えがあれば」
「さっきから地面を見ててナニ威張ってんのさ」
「シロアリが地下からって、ナニを伝える予定だったんだ?」
「シロアリたちがさ」
正確には等身大のシロアリ人だ。
「どんどんいなくってる。穴に戻るのもたくさんいるし」
「穴?」
でも顔をあげないコダチ。
「ねぇどうやら撤退してるよ」
「まさか」
「してるってば。どんどんいなくなってるし、だから私たち無事なんじゃない」
「ああ」
ホーローの言葉で余計脱力して動けなくなっているコダチ。
「そっか。俺、竈を守れたのかぁ」
コダチはゆっくり頭を上げようとした。
「そうだよって、こら! 動くな!」
普段のホーローなら、どんなにコダチと喧嘩しても手は出さない。でも今日は蹴りが入った。
「ちょちょちょっと待てーーーーー」
ドップラー効果で退場する一応女性のホーロー。
「なんだよ、あいつ」
そんな愚痴を漏らすコダチは半裸である事実を全く、あるいは全然重要視していない。汗だくだから、露出度が高い方が冷却してくれるからか、鉄を鍛えるとき、よくもろ肌になっていたせいで裸体の羞恥心を持ち合わせていないのか。
雑多な番外編の進行とは別次元に、本編は冷酷に続いている。
「「ああ」」
竜は、がっしりとでも確実に万余のシロアリ人から躊躇いもなくアジュタント準男爵を鷲掴みする。
『これが公国簒奪を企み』
「ま、待って」
『同僚を焚きつけ数え切れぬ同族を死に追いやった野望家の責任と結末だ』
掴んでいるアジュタント準男爵を睨む。そしてまるで朝採れ野菜を……。
『貴様がムシなら、余はトカゲだな』
そう言うなり、アジュタントを頭から囓る。ドラゴンのサイズを基準にすると、白アスパラを頬張ったくらいに見えた。
「ひいいーーーーーーーーーーーーーー」
がしっ。
ぐ。ちゃ。りぃぃぃ。
「アジュタント!」「//アジュタント//」「//ぴーーー//」「なんとーーー!」「閣僚席!」
数百万とも億人だとか、不確かでも人口的には超大国のテミータ公国を支えていたアジュタント準男爵の頭は失われた。
でも。
『ふん。人並みの大きさがあってもムシけらはムシだな』
汚物か痰唾をゲロするようにぺっと吐き捨てられたひしゃげた、ややピンクがかった白い塊。もちろんシロアリ人、アジュタント準男爵の頭部だ。もう一方の準男爵、ベティメと揃って公王に逆らう命令も洋次を脅すことも不可能になった野望の結末だ。
「アジュタント」
両脇を地の精霊に抑えられているテミータ公王、ティネリ。そして首と胴体が分離した犠牲者の兄上でもあるらしい。
『不服か?』
これはゴミだ。そんなセリフがあっても驚かないほど無造作にドラゴンの手から滑り落ちるアジュタント。公王の歯を気遣うフリをして反公王派の旗頭のベティメを扇動した胴体。
「いえ。久々の〝竜顔〟拝謁に萎縮をしております」
『そうか』
ぎ。ろ。り。
低速で。でもシロアリ人たちの口元の引き攣りや舌出しすら見逃さない眼力がシロアリ人たちを恐怖の坩堝に陥れる。
『余が恐ろしいか。ムシども』
まだアジュタントから吹き出した血液に近いどろっとした体液で汚れた爪を立てて周囲を威嚇する。
「ひーーー」「//ぎやややや//」「めっそーーもーーー」
自称竜のエンシェントドラゴンとテミータ公王を中心点に。
さっきまで仲間が何人刻まれようがお互いを踏み潰しあおうがバトルバトル、ひたすらサラージュを貪ってバトっていたテミータ人が地にひれ伏した。
昆虫人の二足歩行は珍しくないけど、土下座状態のテミータは、爵位を獲た遥か大昔に、デカいシロアリに逆戻りしているようで、それは妙な光景だった。
『これで全ての罪は償われるだろう』
「そ、そんな」
一歩。
洋次と竜の中間に立ち塞がる人物、いやシロアリ人がいた。




