207 名乗れぬか?
「その通りです」
竜の面前で跪いていた、もう一方の高位のテミータ。公王ティネリ。
「テミータの不始末はテミータで処理。それがエンシェントドラゴン閣下と稀人のお言葉なら」
ならどうする。
ティネリはすっと立ち上がると、凝結しているベティメに体当り。
「全ては余の不徳。汝の野心。さらばだベティメ」
がしゃん。
シロアリ人の王、テミータ公王は配下でも相当な上位者である準男爵に牙を立てた。
「待ってください」
洋次は稀人。モンスターの歯医者さんだ。だから要請があれば未熟でも診察するのが仕事。シロアリの王位継承とかは、別次元の問題なんだ。
『待て。公王の選んだ結果を邪魔だてするな、青き稀人よ』
ぬっ。洋次の胴回りを掴む巨体。竜の手だ。
「このひと噛みで」
人間の首だって切断できそうなデカ口で牙を広げる公王ティネリ。
「ああ」
カチカチの冷凍シロアリは氷と一緒に粉々に地面に分散される。
「ちょ、ちょっと」
「良いのです。これで」
ベティメは凍ったままだから、悲鳴や断末魔の叫びはない。その分、もしかしたら丁寧にくっつけたら復活する可能性がゼロじゃない。
「〝我らは地の勢力。先に地に帰れ〟。ベティメ」
テミータは、シロアリ人の極一部らしい。で、どうしてシロアリを拡大化したら人語が喋れるようになるのかなんてのを含めて謎だらけだ。
でも。
「焼き払え炎」
でもシロアリ人が喋れる。いわばファンタジーな設定は、そのまま呪文の詠唱も可能にする。
「公王」
冷凍生物を解凍すれば元通りの期待は一瞬で溶けて流れた。
『どんな結末でも認めるのだ。青き稀人よ』
少しだけ腰を浮かしてティネリ公王を静止しようとしていた洋次の機先を制した竜。エンシェントドラゴン。
『其方を覆い尽くしたのがサラージュの結論ならば、ベティメを滅ぼしたのがテミータの結論なのだ』
「でも」
「稀人。貴殿の生命と名誉を脅かしサラージュを傷つけた我が臣下にすら配る配慮。感謝する」
一度。
テミータ公王は直立して、ポキリと折れるような直角のお辞儀を返す。
「あ、あの。歯とかお身体は大丈夫ですか?」
「それで御座いますよ」
なんだ、それ。
「たった今、堅い代物を囓りました故」
それって氷漬けのベティメだろ。
「折角稀人に治療をして頂きましたが、ムダになりました」
「ムダじゃない、その」
足元や周囲を伺う洋次。
「これまで足りなかったものが入手できました、大量に。ですから、公王陛下の口も歯も元通りになります」
人口樹脂などが未開発なオルキアの現状では、洋次はシロアリ人の義歯は、同族の歯から補う方法だけが治療法だった。
皮肉にも洋次が誘い、勃発したシロアリたちの同士打ちで大量の歯の在庫が蓄積されていたのだ。
「元通り」
「はい」
いえいえ。シロアリ人のボディランゲージはわからない。だってエルフやサラージュのヒューマンだって微妙にチキュウとは違うんだから。
でも洋次の申し出をティネリが受け入れていない。
それくらいは察しがつく。
「その新技術は若い世代に」
「でも」
『それが其方のもう一つの結論。そうだな、公王』
「誠に。ですが若干の気がかりが有りますれば」
洋次から竜に向き直って拝礼する公王。
『気がかり。ではなく、病巣であるな?』
自らの逆鱗に手を当てる竜。
『隠れる所存ならば、地の果てまでも汝を追跡するぞ』
「隠れてるって?」
この大乱戦の果てに、まだ隠し玉があったのか。
「アジュタント」
ある一点を指差す竜。
「アジュタント。準男爵の?」
テミータの閣僚席の一人。一人は、公王が粉砕した反公王派のベティメ。そして、もう一人がモンスターの歯医者さん洋次に公王の治療を依頼したアジュタント。
『自分で名乗れぬか。歩けぬか?』
くわっ。
竜が睨むと、それだけでシロアリ人が倒れたり地面と密着したり。それくらい迫力と怒気がある。
『歩けぬならば、この竜が貴様を摘みだそうか?』
竜が一歩前進すると、震度二ってくらいの地響きが起きる。
地震国日本人の洋次には、まあ揺れたなってレベルだけど、オルキア人やテミータには地震は茶飯事じゃないらしい。体験数に比例してサラージュに地震パニックが伝播する。
『このまま踏み潰されるが望みか。それとも、もう閣僚席を放棄するか?』
非情な出頭命令だ。一対一だと剣術初心者の洋次でも勝機がありそうな、事実数人のシロアリ人、テミータを屠っている実績がある。まして直立五メートル級の竜と対峙すれば、アジュタントには勝目はない。




