206 それがサラージュの答えのようだな
「え?」
でも生きていた。正確には、ベティメは固まっていた。
「ええっと、バンシー?」
ベティメはそれぞれ手に長槍を構えて振り下ろそうとした姿で硬直している。
これは幼生体の頃、何度も洋次の衣服に氷を貼り付かせたバンシーしか実行できない仕業だ。
「こいつ許さないんだから」
風の精霊だから飛行可能らしいバンシーが、ふわふわと洋次の上空を漂っている。
「ああ、これって氷漬か」
幼生体から、少女の年代に過激急成長したバンシーは、北風の精霊だ。だから、標的を瞬間冷凍なんて、あっという間だったんだ。
「助か、かった、のかーー」
尻餅をついていた。
「「「洋次」」」
「あ?」
右側にサラージュ次期当主のカミーラ、左にメイドのメアリー。背中におんぶの格好で北風の精霊バンシー。
「皆さん、そのですね」
温かくて冷たくて、んで熱いくらいで。
「ご無事で」「大事ないですか?」「洋次」
多少予想範囲内でも再会即バトルになって生命の危機が訪れたかと焦った瞬間、ほんわか暖かかったり冷たかったり。
「なにがなんだか」
どんな事態なのかわからなくなりつつある。
『稀人、板橋洋次よ』
少しだけ間合い。洋次が生存の余韻に浸る猶予をくれた竜。
「はい」
『我は竜。ひたすら長い年月を生き存え、数多の縁を眺めた刻の目撃者である』
全身が震えた。
それは竜。見た目そのままのアジアンテイストな竜の音量のせいでもあるし、存在するだけで空気を研ぎ澄まし無駄な瞬きすら許さない痺れるほどの威圧に怯えているためでもある。
「はい」と、ちゃんと答えられたのかどうか。
『其方は真の医師、歯医者ではないな?』
もう頷きもしていない。硬直よりも、肉体が既に竜に食われてしまった錯覚で支配されているんだ。
『だが、今一度其方の周りを篤と眺めるが良い』
そうだ。
メアリーとカミーラが腕に絡んでいる。
バンシーがおんぶの姿勢で洋次の背中にぴったりくっついている。
コチが。
フェーンが。
ゼビュロスの四方の風の精霊が。
レームとイジが。
この場にはいないけどコダチとホーロー、そしてアンが。
『どうやら、それがサラージュの答えのようだな』
「竜。竜様ですか。未熟な私ですけど、命懸けで助けて支持してくれる人がいます」
『そのようだな』
「え? それは」
西洋ドラゴンだと首長で下膨れ。でもこのプラチナ色の竜は自立する足は携えているけど長々身の東アジアタイプの〝竜型〟。
その竜は顎下を繰り返して爪を立てて引っ掻いている。
『うむ。これは〝逆鱗〟。余はこの逆鱗が汚れるのを好まぬ』
そうですか。
『さて。テミータ公王に逆らった公国閣僚のベティメはもう抵抗叶わぬ』
どうも古臭い言葉使いだ。
古代竜だから仕方ないけど。
『ベティメをどうする。稀人』
「それは。姫様、メアリー。それからバンシー」
シロアリボールならぬ、羨ましい美少女の密着を解体させる。
「私個人は診察するだけです」
未熟で真実の歯医者ではないと自白したばかりだけど。
「サラージュの被害は」
気持ち頭を下げてカミーラに拝礼の姿勢をとる。
「洋次と竜様にお任せ致します」
返答と同時にドレスの裾を摘んで竜にお辞儀をするカミーラ。家令補佐兼任メイドのメアリーと美少女な北風の精霊に急成長したバンシーも倣う。
『だ、そうだが。稀人』
「でしたら」
迷いはない。
「これからシロアリ人、テミータ公国民に限らないで診療します。家の壁とか囓って歯を痛めたシロアリ人がたくさんいると思いますから」
『そうか』
ゆっくりとサラージュ城一帯を俯瞰する竜。
『だがまだ諍いの火種は燻っている模様だし、其方の判決に不服の余人がいるのだが』




