203 ちゅーーぼーーー
「メアリー。あの御声は?」
「はい令嬢。私の勘が間違えてなければ」
壮絶な昆虫人バトルを一時休止。束の間衣服を整えている美少女な主従の会話。
「「エンシェントドラゴン」かと」
考え着いた結論が一致した。カミーラとメアリーが、どうしてこんな田舎に絶滅が確定している扱いだったいわば竜の中の竜。テミータたちが竜王と敬称するに相応しい伝説的な勇姿が拝めるなんて。
「ねーねーー、メアリーも姫様もどーーしたのーー?」
完全体イグに跨り、その脇に異様に昂奮している一角獣を従えた形になっているアン。正体は食べ物屋の一人娘なんだ。
「あのね、アン。貴女はそろそろお城の方に」
すっと顔をだす馬面。
「乙女よ。もしも我が身の危険を案じるならばそれは慎重すぎると言うものだ」
この場面での馬面は、当然この騒動唯一のウマキャラである一角獣フラカラ卿。
割り込みついでにメアリーとアン、それぞれに軽めのボディタッチをしている厳粛な事実を伝えなければならないだろう。どんな緊急の事態でも一角獣は乙女が大好きなのだ。
「私が角は断じて乙女を害する敵を許さぬ」
普段は余と上位の身分である自称をしていますけどね。
「ですが数が」
ある種低次元の問答に突入しかけた場面をカミーラが遮る。
「騒ぎが収まるのは賛成します。でも一騎打ちや決闘は。いけません、竜様。竜王様」
「令嬢」
それぞれドレスの裾を摘みながら、竜とテミータの要人の対決場に赴くカミーラとメアリー。
「ああ、オネエちゃんたち」
「案ずるな。小さな乙女よ。やや大きい乙女は我が必ず守護す」
一角獣本領発揮。瞬く間にカミーラの面前に立ちはだかるフラカラ。
「フラカラ卿」
通せんぼのお陰でカミーラに追いついたメアリー。
「此方が洋次卿の治療する一角獣卿ですか?」
残り数ミリでキスの射程に入っているサラージュの令嬢カミーラと一角獣フラカラ。
「やや心外だが、事実だ。私はあの稀人に生きろと説教された。でも次期、我が乙女は乙女ではなくなる」
一角獣も通常の竜と同じで半ば管理されている。だから何処かの勢力に登録される義務があり、フラカラもその例に漏れていない。この入れ歯一角獣はハリス家に所属しているのだけど、ハリス家の唯一の乙女は、結婚までカウントダウン状態。
つまり本来一角獣が守護すべき乙女がハリス家には存在しなくなるのだ。
「それは」
だから洋次の作戦でカミーラとミーナと問題のペンティンスカを姉妹の契りをさせることでフラカラの存在価値を奪わないでペンティンスカの結婚も妨害しない予定だった。
テミータ騒動が発生していなければ、そんな契約が締結されていた頃合だったのだ。
「あの鈍足な二本足の癖に生意気な稀人に頼まれているのだ」
実は頼んでいない。まだ。
でも、これは洋次の油断と無知。
ウマの──一角獣もウマ系のハズだから──聴覚は、とてもとても鋭いので、洋次がメアリーなどとヒソヒソ打ち合わせはダダ漏れ筒抜けだった事実を。
「私は一角獣。乙女のために背を空けぬ」
フラカラは、カミーラに背中に乗れと依頼した。
「お言葉に甘えます。フラカラ卿」
「応。鞍を装着しておらぬのが申し訳ないが」
「いえ。此方も宜しいですか、あの家令補佐も一緒に」
つまりカミーラ、メアリーの二人乗り。
美少女タンデム。美少女の二尻。
「喜んで」
これは本気だな。
「イザ参らん。小さ乙女よ。留守を頼む」
「るすーーー?」
久々に美少女に背中を預けてハイになっているから深く追求する言葉じゃなかった。
「なーーーにーーー?」
「貴方の。アンの本分をなさい」
メアリーと密着した格好でフラカラの首根っこを手綱の代用に使いながらカミーラが言い残す。
「あたしのーーー?」
アンは食べ物屋の娘だ。狭くて小さな店だから食堂とも惣菜屋とも名乗っていない店を父親のニコと守っている。
「でもーーー」
アンはもう父ちゃん、『ニコの店』がシロアリの口撃でボロボロだと考えていた。
でもアンの本領はお料理だ。
「そっかーーー」
壊された可能性がある店よりも近い場所に、アンの本領発揮の場所がる。
それがサラージュ城の厨房だ。
「いくよイグーー」
「ぎゅぉぉぉぉ」
とことことこ。
ここでアンにとってとても都合が良かったのはサラージュの家令補佐でありメイドのメアリーが避難民の受け入れで宝物庫──もっともほとんで空っぽだけど──以外の大部分の施錠を外していたことだ。
「ちゅーーぼーーー」
シロアリ人の攻撃が収まりつつあるから、領民の流れも止まっていた。
そんな中でアンだけが城内奥深く進行して行く。違う、オオトカゲのイグも一緒だ。




