201 誰?
テミータ数人。
距離およそ三メートル。この一団が一斉に攻撃したら、防御できる自信がない。でも。
ぴたりと動きが止まり、そして徐々に洋次から離れているテミータ。シロアリ人の別名だ。
「聞こえましたか?」
もう握力がない。ポトリと手落ちした金棒。もう原型なんてカケラも残ってないし。
「ん? 全滅はしていないが、ハーピィはほとんどいないぞ。あいつらはコツコツ巣を改造するからな。すっかりシロアリたちに巣や」
眉の下に掌を当てて周囲を確認するレーム。
「いえ、そうじゃなくて。なんだかスピーカーなしで誰か威張って喋っているんだけど」
「そうか?」
フンババ族の巨人イジの肩に載っているレームが耳をそばだてる。
「奇っ怪な現象だな。稀人、お前さん仕組みがわかるのか、道具なしであんなに音声が飛散して」
洋次が問題にしたいのは拡散器じゃない。
「だからその声ですよ。内容ですよ」
「ああ。お陰でシロアリたちが妙に大人しくなった」
もちろん、サラージュを囓ってしまいそうな暴走が『鶴の一声』で即座に収束はしない。でも、徐々に昂奮が収まりつつある。
「イジ、襲いかかって来ないシロアリは殴るな」
「んだばばばば」
「ああ。とっくに動かないヤツなら食っていいぞ」
「いいんですかね」
色彩は不思議だ。
流血の激戦の色は『赤』。でもそれって哺乳類限定なのかも。イジの口の周りやあちこちに飛散しているテミータの体液は白。
これだと現在の暴走の残酷な印象が薄れていると感じるのはニンゲンの身勝手なんだろうか。
「でももの凄い臭ですね」
「ああ。ところで」
身長が三メートル以上の巨人イジが物見櫓の役割もしてくれた。
昔はサラージュ城に勤めていた元木工職人もレームは洋次とは違う視点がある。
「この、いやお前さんより少しばかり離れている娘っ子は誰だ? さっきから尋ねようとして忘れてたぞ」
レームは洋次の後方に、件の美少女らしい人影は把握していた。だけど、サラージュの生き字引のような老人でも知らない人物がまだいたのだ。
「娘? 子?」
下顎に貯まっていた汗を拭いながら周囲検索。
「君、誰?」
さっきまで、いや囲まれているのは今もだけど。洋次は銀世界の住人だった。
「洋次」
でも烏の濡れ羽。どんなシャンプー&リンスをしているのか、どんだけ美髪なんだか。
下心まで反射してしまいそうなほどキラキラサラサラしている黒髪に青磁器よりも真っ白で、でも不健康な白じゃない艶ハリのある肌。でも身体の起伏だけは、やや残念。
とは言っても外見を裏切らない──ファンタジーだと数千歳のロリがいるからね──年齢ならば、まだまだ期待値は無限大。
そんな黒髪美少女が立っていた。メアリーはチョモランマな凹凸起伏の美少女だけど金髪。カミーラも頭髪は漆黒じゃない。
いくらモンスターの歯医者さんの仕事で多忙でも、こんな美少女。遠目でも忘れないはずだ
「洋次」
「って?」
洋次は、そんな純和風な美少女が叫ぶ。お互いに名乗りもしないで。
「「誰?」」
シロアリ人、テミータ公国の王位継承の紛争の激流に飲み込まれていたはずの洋次とレームは、場違いな質問をしていた。
「もう。知らないんだから」
お怒りな美少女でしたけど、わからないのはわからないし、思い出せない。




