20 いつもご贔屓に
「殿下」
さっきはニンゲン踏み台にされていた御者が一礼する。
「いつもご贔屓に」
間違いない。忘れもしないし忘れてはいけない食べ物屋の娘さんのアンがやって来た。でも、騎乗の御者はともかくアンの隣に巨大なトカゲがいる。さすが、異世界。『剣と魔法』って設定は、地球では考えられない生物体系で成り立っている。遠くない将来、ドラゴンを目撃してしまうかもね。
「やや。今日はあのトカゲに乗っていないのか?」
常連、贔屓は本当らしい。
「うん。ちょっと」
「よい。大儀であったぞ」
御者がアンから籠を受け取ると、アンは深々と一礼して帰投する。
テレビで観たチキュウ最大のコモドオオトカゲよりもデカい、恐竜レベルのトカゲと一緒に。
でも恐竜としてはミニサイズだけど、大人しくアンと歩いていた。
「へぇ偉いんだな」
アンの背中が見えなくなる頃合を見計らって馬車から姿を出す。
「おお。まれびと、食するがよいぞ。腹が減ってはなにもできぬ故な」
御者から籠を受け取る。
「そ言えば俺、アン的にはどろぼうなんだよな」
できるなら汚名は消去してしまいたい。だから、なんだろう。
「自分の空腹も満たせない稀人ってどうよ」
洋次は唇を噛んでいた。
「まれびと、少々良いか?」
現実が漠然としたモヤモヤセカイに割り込んだ。
「その餌。普段とは匂いが異なるが、一口分けて貰おうか」
「ヴァンが資金提供者だからそんなバカ丁寧に言わなくても」
籠の蓋を開けて一本焼き串を渡す。
「で、これ〝餌〟だけど、いいの?」
「案ずるな。口に入るは総じて餌なるぞ」
随分、大雑把な貴族様だな。
「むむ。これは香りがとても濃厚でいて舌触りも良い。ニコは下手ではないが長年同じ味だから、よくぞ修練したものぞ」
「マンネリ?」
「それはまれびと語か? まあ今日の出前は一際良品なるぞ」
「そうなんだ」
オルキアでは柑橘系を肉に垂らす風習がなかったらしい。それでいて、異世界味付けは新鮮な驚きで受け入れられたなら、洋次も迷惑のお詫びをささやかに返せたかもしれない。
「殿下、客室の天井を御覧あれ」
御者が馬車を指した。
「なんと、大祖母様からの通信ではないか」
「え? 無線があるの?」
効かなかったけど魅了の魔法とかあるオルキアが意外な科学力だ。
「む・せ・ん・? そんなもの知らぬが、術者が念じると、斯様に反応体が振動するのだ」
「如何なる報せでありましょうか」
「わからぬが」
そこが大事じゃないのか。連絡があるだけしか伝わらないってのが異世界通信の限界なんだ。
「仕方ない。メアリーやカミーラとの語らいは後日と到そう。まれびと、そうだ、まれびとは名前は何と申すのだ?」
「板橋洋次」
「いたばしようじ?」
「ニホンじゃ、愛称ってか俺とヴァンの間柄だと、ようじで構いませんよ」
「承知した。ようじ、くれぐれもメアリーやカミーラに宜しく頼む。それから」
コイコイと手招きする。内緒の話しがあるらしい。
「サラージュは豊かではない」
「まあ、それは」
食べ物屋が一人即席屋台を出したら大騒ぎするほどだから、経済力や地力はかなり脆い。
「籠と串は店に返却せよ。と言ってあまり食べ過ぎるなよ。もちろん、つまみ食いは厳禁なるぞ」
「ぉぃ」
どっちのつまみ食いだと口には出せないでヴァンの馬車が引き返すのを見送っていた。




