199 異世界の政治は異世界的に変わる
「では、サラージュの全ての皆さん」
周囲には土石流の残骸のようなシロアリ人の死体が転がっているけど。
被害を確認するために城外に足を運んでいるカミーラは、シロアリ人の残骸処理などに追われているオルキア国軍と遭遇した。
「はい。我らマラム城塞守備隊。ハリス、カンコーの義勇軍、死亡者はありません」
バイア中尉は貴族だけど立場上、カミーラに片膝をついて会話。
「これも貴方たちの奮闘の成果ですね」
メアリーに向かって頷く次期領主令嬢。
「バイア中尉。令嬢カミーラが直答苦しからざるとのお言葉です」
面倒でも、貴族のこれが作法なんだ。
「恐悦至極」
「バイア中尉。貴方の協力感謝します」
東風。春の風のようにしなやかに差し伸ばされるサラージュの実質的な責任者の手。
「なんと。これは戦士には何よりの褒美」
カミーラは、バイアにキスの許可を──もちろん白手袋を填めた掌の上からだけど──与えた。
「で、取締官」
まだ城内から替えの衣装は届いていないから、フンドシ一丁のキコロー。
「案ずるな。日頃から寒風に屈しないよう身体を鍛えておる」
「じゃなくて」
手の甲で汗でも拭っているのか、しつこいくらい首根っこを触っているキコロー。
「公王や重鎮不在のテミータ公国の行く末を案じておるのか?」
「そりゃそうでしょう。また暴走されたら、今度はサラージュ全体が陥没するかもです」
「確かに未熟者にはそんな疑念もあるやもな」
どこまでも冷静で上目線な公務員だ。
「でも、然と見よ」
キコローの腕もそよ風に流れるように真っ直ぐ伸びる。
「シロアリの習性だ。どうやら身体の大小も多少の知恵や野心も本性を塗り替えるには至らず」
大小。
それはシロアリの身体だけじゃない。
少ないと五、六人。多いと二、三十人のシロアリ人が円陣を組んでいる。
「なんですか、あれ?」
「ふむ。余も直に目撃は初めてだが、どうやら次の公王を選んでいる模様」
「選ぶ? そんな?」
まるで井戸端会議プラス勝ち抜き戦。
円陣から一体のシロアリがトコトコ歩み出ると、別の円陣から抜きん出たシロアリたちと新しい円陣を組む。新しい円陣も人数はバラバラだ。
「なんだか、どんどん円陣を組んでは解体して」
「簡単な構図だ。グループで最も秀でているシロアリを選ぶ。その秀でたシロアリが、新しいグループを作り」
「それは」
それは何となく理解できる。でも、でもなんだ。
「ついさっき公王が引退を宣言したのに、間髪入れずに選挙ですか?」
それは日本人的な感覚だと前公王を弔ったりしないあまりにも現実的な行動だ。
「チキュウの選挙とは異なるよ、恐らく。でも、副王や重鎮である準男爵が不在の今、テミータたちの古来の選挙を行うのだ。オルキアの扱いは公王だが、王不在の空白はシロアリ人たちには許されないのだ」
「で、あんな方法で?」
「クニが変われば政治も変わる。異世界の政治は異世界的に変わる、そんなところだ」
「ところで」
軽くて可愛い咳払いをするメアリー。
メイドでもあり、カミーラの専属侍女でもあり、ワルキュラ家の家令補佐でもある。
身体は小さくても、一部と責任は大きいエルフ美少女だ。
「シロアリの襲撃停止はなによりですけど」
「ああ。メアリー、まず壊された家とかの修理だな」
メアリーがシロアリ人たちのスペクタクル王様選挙に見とれていた洋次たちを現実に呼び戻す。ふむと呟いて、また首根っこを触るキコロー。
「当然の問題だ。責任を問う前に復旧が重要」
「取締官閣下」
少しばかり距離のある声。豪奢な装飾馬車を守護するように一騎。武装よりも金ピカのイメージが強い人物が訪問した。
「令嬢ハリス・ペンティンスカ。並びにコンラッド代官卿」
「大事の最中です。形式ばった挨拶などは全て無用。必要ならば直答を許可します」
こちらも毅然としたお言葉をするペネ。
「では、何から始めましょう」
「サラージュ側の人的被害ゼロが幸いですけど」
あちこち穴だらけ。家屋も結構食い倒されている。西尖塔に避難させた備蓄食料も、正直絶望的だ。
「シロアリの皆さんを」
死亡などの人的被害がゼロだったのが幸運なのか不幸なのか、困りましたわねぇとやや呑気なカミーラ。緊迫の場面では動揺していない方面はプラスに働いたんだけど。
「怪我をしているなら、ドノヴァン医師に頑張ってもらわないと。ねぇメアリー」
「令嬢。お言葉ですが、まず食料、次いで家屋を失った領民の宿泊施設を確保するのが最優先かと」




