197 これが、一連の騒動の結末
雑多な番外編の進行とは別次元に、本編は冷酷に続いている。
「「ああ」」
竜は、がっしりとでも確実に万余のシロアリ人から躊躇いもなくアジュタント準男爵を鷲掴みする。
『これが公国簒奪を企み』
「ま、待って」
『同僚を焚きつけ数え切れぬ同族を死に追いやった野望家の責任と結末だ』
掴んでいるアジュタント準男爵を睨む。そしてまるで朝採れ野菜を……。
『貴様がムシなら、余はトカゲだな』
そう言うなり、アジュタントを頭から囓る。ドラゴンのサイズを基準にすると、白アスパラを頬張ったくらいに見えた。
「ひいいーーーーーーーーーーーーーー」
がしっ。
ぐ。ちゃ。りぃぃぃ。
「アジュタント!」「//アジュタント//」「//ぴーーー//」「なんとーーー!」「閣僚席!」
数百万とも億人だとか、不確かでも人口的には超大国のテミータ公国を支えていたアジュタント準男爵の頭は失われた。
でも。
『ふん。人並みの大きさがあってもムシけらはムシだな』
汚物か痰唾をゲロするようにぺっと吐き捨てられたひしゃげた、ややピンクがかった白い塊。もちろんシロアリ人、アジュタント準男爵の頭部だ。もう一方の準男爵、ベティメと揃って公王に逆らう命令も洋次を脅すことも不可能になった野望の結末だ。
「アジュタント」
両脇を地の精霊に抑えられているテミータ公王、ティネリ。そして首と胴体が分離した犠牲者の兄上でもあるらしい。
『不服か?』
これはゴミだ。そんなセリフがあっても驚かないほど無造作にドラゴンの手から滑り落ちるアジュタント。公王の歯を気遣うフリをして反公王派の旗頭のベティメを扇動した胴体。
「いえ。久々の〝竜顔〟拝謁に萎縮をしております」
『そうか』
ぎ。ろ。り。
低速で。でもシロアリ人たちの口元の引き攣りや舌出しすら見逃さない眼力がシロアリ人たちを恐怖の坩堝に陥れる。
『余が恐ろしいか。ムシども』
まだアジュタントから吹き出した血液に近いどろっとした体液で汚れた爪を立てて周囲を威嚇する。
「ひーーー」「//ぎやややや//」「めっそーーもーーー」
自称竜のエンシェントドラゴンとテミータ公王を中心点に。
さっきまで仲間が何人刻まれようがお互いを踏み潰しあおうがバトルバトル、ひたすらサラージュを貪ってバトっていたテミータ人が地にひれ伏した。
昆虫人の二足歩行は珍しくないけど、土下座状態のテミータは、爵位を獲た遥か大昔に、デカいシロアリに逆戻りしているようで、それは妙な光景だった。
『これで全ての罪は償われるだろう』
「そ、そんな」
一歩。
洋次と竜の中間に立ち塞がる人物、いやシロアリ人がいた。
「竜王陛下」
シロアリ人の中でオルキア王国から爵位を与えられ唯一藩国、国内の自治国を認められた人物。テミータ公王のティネリだ。
『竜の王を名乗った覚えはない。だが、ティネリ。余も汝も長生きしすぎたな?』
自分も老害に入れてしまったエンシェントドラゴン。
「はい」
『もうよかろう』
「仰せの通り」
「待って。次期国王候補が揃って死んで、現公王まで死んでしまったらテミータはどうなるんです?」
ティネリの壁になるように前進した洋次。
「過大な損害を被りながらの配慮、つくづく感謝する。稀人」
まるで鬼ごっこ。またティネリが洋次の前に憚る。そして竜に拝礼する。
「なれど」
胸に手を当てるポーズ、つまり拝礼はそのまま。でもシロアリの王。テミータ公王ティネリは深々と垂れていた頭をいくらかジャッキアップ。
『汝は汝の理想がある。それはいい。でも、もう終わりだ。そして最後の誇りだけは何人にも犯ること能わず』
竜が語り、ゆっくりと頷くティネリ公王。
「御意」
超スローモーションで跪きから起立したシロアリ人たちの王。オルキアで、バナト大陸で唯一ヒューと同じ扱いを受ける王が立ち上がった。
「我が王国の果の果てに赴きます。後始末を託す我儘をお許しあれ」
『左用か。安心致せ』
襟首辺りをぽりっと掻く竜。
そしてきっぱりと頭部を左右にするシロアリ人たちの王、公王陛下。
「いえ、ごゆるりと参られんことを。おさらばです」
『ティネリ。公国は安泰。約束しよう』
「身に余る光栄。御免」
『ふむ。ティネリの志、穢す真似は、この老いた竜が許さぬ』
数人の。
ティネリ公王を慕いたそうなシロアリ人たちは、竜の言葉の楔で釘付けされた。
ティネリ。前公王は独り地下の公国の奥津城に旅立った。
結論として、餓死か放置致死の刑罰を公王が受けたのだ。
『これで終いだ。では、また会えるとしたら面白き事柄である哉』
「うわっぶ、分隊長」
竜が残骸死骸の原野と化したサラージュから、一瞬で飛び去った。
「これが」
これが、一連の騒動の結末。
竜だか竜王が介入したシロアリ人たちの内戦の後始末。
サラージュには、数えたくないシロアリ人たちの骸と巨大竜巻で吹き飛ばされたようにフラットになった家屋の名残が残った。




