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196 竈を守れたのかぁ


「コンラッド、聞こえましたか?」

 部隊を指揮するためだろうか。貴族の乗車としては珍しく天蓋だけのオープンな馬車の人、ハリス家ご令嬢のペンティンスカ、略称ペネ。


「確かに。剣呑を通り過ぎて」

 正直深いりはしたくなかったペネの婚約者のコンラッドが返答する。万単位で死亡シロアリが発生した場面をまだ剣呑と表現するくらい、この高級公務員には瀕死のサラージュでも他人事なのだけど。


「「御者」」

 意見が割れた。ペネは加速を求め、コンラッドは引き返しを希望していた。


「フラカラが心配です。それにワルキュラの皆さんも」

「ええ。小官の支配地域ではないですけどね」

 コンラッドの担当は代官職。複数かつ広大な地域を貴族や金持ちの地主から管理運営を代行するのが本業な人だ。


「でも」

 やや頬を膨らませたペネ。

「その様なお顔。初めて拝見致しました」

「そうでしょうか。でも」

 ペネは馬車に乗車。コンラッドは愛馬にまたがっている。


「ペネ」

 そんな砕けたもの言い。ハリス家の守護一角獣のフラカラが聞いたら、ユニコーンの象徴である白い巻角で串刺し確定だけど。


「貴女は普段は真剣で、少々憂いたお顔をされていました」

「それは……コンラッド、戦場でするお話しですか?」

 ペネはいつも白い手袋をしている。これもある意味お嬢様アイテムだ。

 そんな白い手が握られる。怒っているのだ、お嬢様なりに。


「とても大事な話しです。正直フラカラは厄介者でしたし、貴女は領地のために中央に口と顔が利くから私との結婚を承諾されたのではと疑ってました」

「そんな」

「でも、安心しました。ささ。御者殿。男女の戯れを聴き立てる暇があるならば、馬を急かせよ」

 乗馬に鞭打って先行するコンラッド。


「こ、コンラッド」

 ハリス家の本隊もサラージュ城に急行する。



 ほとんどのサラージュ領民が城内に避難した中で、極小数踏み止まっていた変わり者たちがいた。


 ランスの工房。


 本業になるのか、刀剣や蹄鉄や鋤鍬の製作よりもミキサーの製造工房にシフトしていらこの場所も、シロアリ人たちの暴走の標的、攻撃対象になっていた。


「もう、腕が動かない」

 工房の長、ランスの息子であり弟子。そしてミキサーの製造責任者になっていたコダチは、暴走するシロアリ人たちのところ構わず囓り攻撃から竃を死守防衛していた。


「ねぇねぇ」

 細工師のホーロー。コダチの幼馴染で、口喧嘩仲間、そして身長も胸などもビックサイズな女性だ。


「なんだ、新手が来たか?」

「ってもう戦えないクセに」

「気構えがあれば」

「さっきから地面を見ててナニ威張ってんのさ」

「シロアリが地下からって、ナニを伝える予定だったんだ?」

「シロアリたちがさ」

 正確には等身大のシロアリ人だ。


「どんどんいなくってる。穴に戻るのもたくさんいるし」

「穴?」

 でも顔をあげないコダチ。


「ねぇどうやら撤退してるよ」

「まさか」

「してるってば。どんどんいなくなってるし、だから私たち無事なんじゃない」

「ああ」

 ホーローの言葉で余計脱力して動けなくなっているコダチ。


「そっか。俺、竈を守れたのかぁ」

 コダチはゆっくり頭を上げようとした。


「そうだよって、こら! 動くな!」

 普段のホーローなら、どんなにコダチと喧嘩しても手は出さない。でも今日は蹴りが入った。


「ちょちょちょっと待てーーーーー」

 ドップラー効果で退場する一応女性のホーロー。


「なんだよ、あいつ」

 そんな愚痴を漏らすコダチは半裸である事実を全く、あるいは全然重要視していない。汗だくだから、露出度が高い方が冷却してくれるからか、鉄を鍛えるとき、よくもろ肌になっていたせいで裸体の羞恥心を持ち合わせていないのか。



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