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195 ある予感がした


「あ、あの。歯とかお身体は大丈夫ですか?」

「それで御座いますよ」

 なんだ、それ。


「たった今、堅い代物を囓りました故」

 それって氷漬けのベティメだろ。


「折角稀人に治療をして頂きましたが、ムダになりました」

「ムダじゃない、その」

 足元や周囲を伺う洋次。


「これまで足りなかったものが入手できました、大量に。ですから、公王陛下の口も歯も元通りになります」

 人口樹脂などが未開発なオルキアの現状では、洋次はシロアリ人の義歯は、同族の歯から補う方法だけが治療法だった。

 皮肉にも洋次が誘い、勃発したシロアリたちの同士打ちで大量の歯の在庫が蓄積されていたのだ。


「元通り」

「はい」

 いえいえ。シロアリ人のボディランゲージはわからない。だってエルフやサラージュのヒューマンだって微妙にチキュウとは違うんだから。


 でも洋次の申し出をティネリが受け入れていない。


 それくらいは察しがつく。


「その新技術は若い世代に」

「でも」


『それが其方のもう一つの結論。そうだな、公王』

「誠に。ですが若干の気がかりが有りますれば」

 洋次から竜に向き直って拝礼する公王。


『気がかり。ではなく、病巣であるな?』

 自らの逆鱗に手を当てる竜。


『隠れる所存ならば、地の果てまでも汝を追跡するぞ』

「隠れてるって?」

 この大乱戦の果てに、まだ隠し玉があったのか。


「アジュタント」

 ある一点を指差す竜。


「アジュタント。準男爵の?」

 テミータの閣僚席の一人。一人は、公王が粉砕した反公王派のベティメ。そして、もう一人がモンスターの歯医者さん洋次に公王の治療を依頼したアジュタント。


『自分で名乗れぬか。歩けぬか?』

 くわっ。

 竜が睨むと、それだけでシロアリ人が倒れたり地面と密着したり。それくらい迫力と怒気がある。


『歩けぬならば、この竜が貴様を摘みだそうか?』

 竜が一歩前進すると、震度二ってくらいの地響きが起きる。

 地震国日本人の洋次には、まあ揺れたなってレベルだけど、オルキア人やテミータには地震は茶飯事じゃないらしい。体験数に比例してサラージュに地震パニックが伝播する。


『このまま踏み潰されるが望みか。それとも、もう閣僚席を放棄するか?』

 非情な出頭命令だ。一対一だと剣術初心者の洋次でも勝機がありそうな、事実数人のシロアリ人、テミータを屠っている実績がある。まして直立五メートル級の竜と対峙すれば、アジュタントには勝目はない。



「わ、私は」

 微妙な沈黙を破る話題の人、いやシロアリ人。


「やや」

 竜と洋次たちからは二十メートルほど。乱戦の最中では、生きているか死んでいるかを別にすると、一般テミータたちに埋もれていたシロアリ人に大勢の注目が一点集中する。


『公王を診察すれば時期王位を狙うベティメの一派が暴発する手筈であろ? 何しろ同じ閣僚席、準男爵でもベティメ家が貴様が継いだアジュタント家よりも格上だからな』

 パッと見次期公王はベティメ準男爵だったんだ。


「でも」

 シロアリは王の次は副王。メスってか女性陣も同じで女王に副女王と続く。王位を狙うなら副王派が一番当たり前なんだけど。


 ぽっ。左腕が刹那暖かくなる。

「洋次、アジュタント閣下は公王陛下の実弟で御座います。ですから」

 メアリーが耳打ちするため洋次とくっついたから感じた温もりだったんだ。


「副公王よりも次期公王が射程距離にあったんだ」

『もしやと思ったがな』

「え?」

 思っていた。洋次やサラージュ住人的には突然現れた竜ことエンシェントドラゴンが、どうしてそんなテミータ公国の事情を知っているんだろうか。


「竜。もしかして?」

 首根っこって人間なら襟の部分だ。その箇所をしつこく触る人種は、洋次はそれ程数多くは知らない。


『ティネリ、如何する?』

 洋次の少ないキャパの脳みそが、とある仮定や結論に至る前に厳粛に冷酷に事態は進行する。


「愚かでも我が弟。竜王陛下の一存に委ねまする」

『そうか。洋次』

 逆鱗って本来触れてはいけない場所、実用的にはセリフとかに適用される。でも本当ホンモノの逆鱗を自分でまさぐりながら竜は語る。


『稀人として。サラージュに迷い込んだ一男子として、この策略家をどう始末する?』

「私はサラージュの損害を償ってもらえれば、それで構いません。その、処分は私個人は不要です。で、宜しいですか、カミーラ殿下」

 洋次のすぐ傍で祈るように手を折り重ねているカミーラを伺う。


「稀人洋次卿の判断を支持します」

 洋次には背景がサッパリだ。でも事実として次期伯爵継承者って、庶民的感覚だと雲の上のカミーラが居住まいを正して。

 つまり一度すっと竜に向き直ってドレスの裾を摘んでお辞儀をする結構正当な作法を交えながら竜に返礼する。どんだけ偉いんだ、竜って。


『では、板橋洋次。其方には不本意に感じるやも知れぬが、余が一連の始末を執り行おう』

 一度だけ天空を突き通すように一直線になる竜。


「待って下さい」

 ある予感がした。

 でも、洋次の中止勧告は、イヤな連想が湧き上がるタイミングは遅きに逸していた。



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