192 役者が揃った
「り、りりりりり?」
「竜、あるいはドラゴンだな」
サラージュの稀人は洋次だけじゃない。だからレームなどの大人は多少の異世界語を知っている。多少いい加減であやふやだけど。だからドラゴンとか竜の単語も知っている範囲内だった。
「しっかし、今時どこの竜だ? この近隣には、ああ。モクムにはいたが」
モクムはヴァン殿下の本拠地だけど、今回の動員には間に合ってないはずだ。
『早うここに。板橋洋次、稀人』
「竜って喋るんだ?」
『無駄口を叩く暇があるならば、近う寄れ』
「はい。でも?」
洋次はイジに肩乗りしているから、ゆっくりと降りなければならない。だけどどうしたことだろう。
「んおおおろろろす」
まるでリモコン操作でもされているようにイジは掌を肩口に。面積が畳単位のイジの手乗りにチェンジして下降接地する。
「あの?」
トンでもない遠距離から誰かの声は聞こえていた。そして視覚に取れえた声の主が、ドラゴンだと理解した。でも普通はそこまでだ。
なんで竜だかドラゴンがいて、仕切っているのか?
メアリーは立場的には上位者じゃないけど、カミーラを跪かせるドラゴンって何だ、何者だ?
んで、どうして喋るドラゴンは初対面の洋次のフルネームや稀人の立場を知っているのか。
疑問符の団体さんがザッザッと行進しているけど、やっぱり何だかわからないのが結論だ。
『さて。やっと〝役者が揃った〟な』
「やく?」
中世風。まだ職業役者が確立していないオルキアでは、通じない慣用句だ。となると、このドラゴン相当異世界、チキュウに詳しいらしい。
『では、小さな医者。モンスターの歯医者さんよ』
「はい」
『汝はニセモノ歯医者であることは承知しておる』
「た、確かにその通りです」
洋次がバナト大陸のオルキア王国に転移して一シーズンくらい。実体は十六歳の高校生で資格を持った歯医者でもないし、医学生としての知識もない。ニセモノと断言されてもそれは正しい。
唯、オルキアの医学の遅れどころか歯に関係する意識認識の低さが高校生の知識でも役に立っている過酷な事実があるのだ。
『ニセモノでも真実でも。汝が数多くのモンスターと家畜を世話したは事実。認めよう」
「はい」
『そこで、だ』
問い詰めると何時、どうやってサラージュ城内に出現して、偉そうに仕切っている竜に何故か名指しされている。
『もう対面済みだろが、この二名に言いたき事柄があれば、再度申せ』
「あ、あの?」
ダレなんだ、このドラゴン。疑問符だらけの洋次の背中に柔らかくて温かい感触が伝わる。
「エンシェントドラゴンの竜王陛下の御前です。洋次」
柔らかくて温かい感触はエルフメイドのメアリーが耳打ちのために接近したから。
「竜王?」
洋次のイメージだと竜王って将棋かボスモンスターなんだ。でも、メアリーどころかカミーラも低姿勢な竜。竜王ってダレなんだろう。
「誰にも支配使役されない唯一の完全なドラゴンです」
ああ。温かい。
じゃなくて、最低限の情報入手と納得をする。
『泥縄の勉強はそろそろいいか? サラージュの主に、テミータの重鎮に汝の言葉で伝えよ。
これより、如何なる行動をするか、と』
「ああ」
それは洋次がサラージュに存在する目的と価値でもある。
「私は未熟者ながらもモンスターの歯医者さんを名乗り、少々の治療を実施しています。これまでもこれからも」
「「「!」」」
『ほほぅ』
ひと呼吸する。
「ですから、治療を希望されるなら、何方でも受け付け」
この次のシーンはもう予想通りだろう。




