191 洋次はサラージュ城に帰還する
「改めて竜様。なれど、このまま双方が剣を収めて事の終幕と御裁定頂けませぬか?」
『為らぬ。一度爵位もつ身分同士が争ったのだ。当事者同士、どちらかあるいは双方の命で償うは世の理である』
「そこを」
ワルキュラ・カミーラは深窓の令嬢じゃない。それはサラージュの経済的な事情もあるけど、でもカミーラは自分で動ける限り動いていた。それでも今回は息切れして肩を揺らしながら竜の足元に駆け寄る。
「サラージュが求めるは平穏。これ以上は竜お、竜様の威厳で御納めくださりませんか」
「何卒」
揃ってサラージュのシロアリ人の身体が飛び散っている地面に額を押し付けるワルキュラ主従。
『ほぅ。汝等は領地領民の財産を毀たれてまだ剣を収めよと願うか?』
毀つ。つまり破壊活動んお古臭い言い方だ。さすが古代竜。
「現在御不在ですが王室より派遣賜りました取締官閣下の言質では、シロアリ人は生物に危害は及ぼさないと」
カミーラが力説する。
「令嬢のお言葉の途中ですが、現在人的家畜の被害は報告されておりませぬ」
ぐぐっ。気持ち頭が地面にめり込んでいるメアリー。
『ほぉ人が良すぎる次期領主だな』
「それがサラージュで御座います」
メアリーはまだ諦めていない。
『して、件の二名を赦して何を得る?』
「得ることを求めるばかりが領主の道に非ずと愚考致します」
『成る程。では選ばせよう。間も無く今回の騒動の火種、張本人がのこのこ到着する』
「「張本人?」」
この段階で、フンババ族の巨人、イジの肩に載った洋次がサラージュ城に引き返している姿は誰の目にも確認されていない。
「カミーラ、カミーラ」
「なんだ。まさかお前」
段々サラージュ城が近づいてくる。もちろん洋次がレンタルしている尖塔にも。
そして、カミーラと再会できる距離が縮まるのと比例して穴ボコが目立ち齧られた痕跡が痛々しくなっている。そんな緊迫した場面で。
「あの〝育ちの良い〟メイド目当てだと思ったら。そう簡単に許さんぞ」
「許すもなにもないでしょう。急がないとカミーラたちが危ない」
ちらっと振り返って飛行している北風の精霊、バンシーにお願い。
「バンシー。もっと強風でイジの背中を」
ぐぁしん。洋次の頭部に衝撃波。
「だーーからーー。私じゃなくて、イジだよーー」
「ふん、だ」
「あのなぁ」
「それは儂も言いたいぞ」
この切迫した状況でナニを語る、レーム老人。
「カミーラたちとは何事だ。令嬢を呼び捨てにした挙句、〝も〟とはなんだ。令嬢とメイドを一緒に我が物にする予定だったのか、稀人」
「レームさん、サラージュの荒廃の危機を妙な色恋問題にしないでください。あ!」
後頭部を押さえながらナンシーに注意する。
「バンシー。私はサラージュの稀人で、カミーラはご主人様だから、イケない妄想は止めなさい」
「ふん」
普通北風と来ればカミソリみたいな肌寒い強風だ。でもバンシーは、低温だけどそよ風を送る。つまりサボっているんだ。
「もぉ。イジ、君だけが頼りだよ。サラージュ城に着いたら、倒れて動かないシロアリ人は食べていいから」
「んくうくうくう」
「話しをはぐらかせよって」
ぺしっ。エアチョップ。
「行きますからね」
イジの肩乗りの洋次はサラージュ城に帰還する。




