188 成長するとツッコミもする
「聞こえましたか?」
「ん? 全滅はしていないが、ハーピィはほとんどいないぞ。あいつらはコツコツ巣を改造するからな。すっかりシロアリたちに巣や」
「いえ、そうじゃなくて。なんだかスピーカーなしで誰か威張って喋っているんだけど」
「そうか?」
フンババ族の巨人イジの肩に載っているレームが耳をそばだてる。
「奇っ怪な現象だな。稀人、お前さん仕組みがわかるのか、道具なしであんなに音声が飛散して」
「だからその声ですよ。内容ですよ」
「ああ。お陰でシロアリたちが妙に大人しくなった」
もちろん、サラージュを囓ってしまいそうな暴走が『鶴の一声』で即座に収束はしない。でも、徐々に昂奮が収まりつつある。
「イジ、襲いかかって来ないシロアリは殴るな」
「んだばばばば」
「ああ。とっくに動かないヤツなら食っていいぞ」
「いいんですかね」
色彩は不思議だ。
流血の激戦の色は『赤』。でもそれって哺乳類限定なのかも。
「もの凄い臭ですね」
「ああ。ところで」
身長が三メートル以上の巨人イジが物見櫓の役割もしてくれた。
昔はサラージュ城に勤めていた元木工職人もレームは洋次とは違う視点がある。
「この、いやお前さんより少しばかり離れている娘っ子は誰だ? さっきから尋ねようとして忘れてたぞ」
レームは洋次の後方に、件の美少女らしい人影は把握していた。だけど、サラージュの生き字引のような老人でも知らない人物がまだいたのだ。
「娘? 子?」
下顎に貯まっていた汗を拭いながら周囲検索。
「君、誰?」
さっきまで、いや囲まれているのは今もだけど。洋次は銀世界の住人だった。
「洋次」
でも烏の濡れ羽。どんなシャンプー&リンスをしているのか、どんだけ美髪なんだか。
下心まで反射してしまいそうなほどキラキラサラサラしている黒髪に青磁器よりも真っ白で、でも不健康な白じゃない艶ハリのある肌。でも身体の起伏だけは、やや残念。
とは言っても外見を裏切らない──ファンタジーだと数千歳のロリがいるからね──年齢ならば、まだまだ期待値は無限大。
そんな黒髪美少女が立っていた。メアリーはチョモランマな凹凸起伏の美少女だけど金髪。カミーラも頭髪は漆黒じゃない。
いくらモンスターの歯医者さんの仕事で多忙でも、こんな美少女。遠目でも忘れないはずだ
「洋次」
「って?」
洋次は、そんな純和風な美少女が叫ぶ。お互いに名乗りもしないで。
「「誰?」」
シロアリ人、テミータ公国の王位継承の紛争の激流に飲み込まれていたはずの洋次とレームは、場違いな質問をしていた。
『選べ、好き勝手な獲物。武器を。そして戦え。ティネリは元の王位を守るために。ベティメは、王位を襲うために』
「御意」
バイア中尉やサラージュの領民には、公王も公国閣僚の区別がつかない。なにしろ、自分たちの足元に存在していたとしてもシロアリ人、テミータと接触交渉なんて通常はないんだから。
「竜様の、それが御意志御命令ならば」
「ぬお!」「//ひゃ//」「なんとーー」
積極的に決闘に応じるのは、多分ベティメだろう。在位十数年の公王は、多分高齢だから単独個人戦は避けたい場面だったはずなんだから。
『ティネリ。戦うことは望まぬか?』
「否、断じて否」
と宣言したテミータ公王だったけど、やはり長々期間の在位はそのまま肉体の衰弱と比例している。
長槍を地面と水平に構えることすら危なっかしい。
『立ち会え。余人を巻き込まず』
「ああ」
「公王、覚悟」
老シロアリ人と壮年シロアリ人の直接対決が強引に実行されようとしていた。
「なんとまあ」
「ここまでバトって決闘ですか?」
ついさっきまではサラージュの西で大混戦をしていた洋次たち。もちろん頭数的にはシロアリ人たちの同士打ちが地上で勃発していたのだ。
「と言ってもあのままだと儂たちはともかく」
「ともかくにされたくないけど、確かにカミーラやメ」
ビンタされた。
それもエアビンタ。
「バンシー」
「ふん」
レームと洋次はフンババの巨人イジの肩乗り。北風の精霊のバンシーは自力飛行でサラージュ城に引き返している。
「っしっかし、お前さんどんだけ人脈だけはあるんだ。姫様に取締官。それに風の精霊たちなんて、一般人の数倍数百倍の太い人脈だぞ」
「はあ」
真横に並んでいるクセに、洋次が伺うとそっぽを向くバンシー。
「昨日までは、その」
「なんだ、昨日からの付き合いか?」
レームの目にはサラージュ城に常駐していた四精霊の誰一人映っていなかったのだ。だから、洋次とバンシーが転移直後からの知り合いだか初対面なのか、わかるはずもない。
「いえ、昨日まではその、ちっさな子供」
また往復ビンタ。でも、それは実体のビンタじゃなくて風の精霊の息吹みたいなもの。で、バンシーは北風の精霊だから冷たくて痛いから、ここだけは本物のビンタの方がダメージは少ないのが正直なところ。
「なーーにをじゃれあってる。で、つまり儂には見えない精霊が一日で成長したのか?」
「はい。他の三人も」
尖塔頂上の鐘撞き場で感じていた違和感は、まさしく精霊たちの過激なまでの急成長だったのだ。
「ま、この際精霊は後回しだ。姫様のおわす城に駆けつけるぞ。急げイジ」
「んふあああああ」
幾分スピードアップする遠い遠いご先祖様は神の眷属だったイジ。
「食いしん坊」
成長するとツッコミもする北風の精霊だった。




