184 フラれたフラカラと
「ちょっと目を閉じて我慢してよ」
「強風送るから。目を開けないで」
どうも救世主は、出待ちが好きなのか。最大効果タイミングを見計らっているのか。
アンの絶体絶命の危機は、何処からともなく『風のように』耳聞こえる声が救う。
「だれ?」
「//ぎぃぃぃぃ//」「ひえーーーー」
秒速数十メートルの強風を、手足指先のように自在に操る。
「貴方たち」
身長は百五十センチほど。半ズボンにTシャツのような袖のないシャツ姿の年若い三名の少年。
「ええっとーー?」
「ふんっ」
指先ひとつでシロアリが後方ジャンプする。そんな風を駆使している。
「コチ、フェーン、ぜピュロス」
産毛の先の迷いもなく風魔法を得意としているメアリーは、不意に登場した少年たちの正体を見抜く。
「まあね」
「へへっ。いつもベッタリだからばれちゃうよな」
「これからも一緒だけどね」
あっさり自分たちを認める三精霊たち。
「ままま、まさかかたった数時間で」
精霊の幼生体は、時間経過だけでは成長しない。その代わり周囲の影響で、こんな突発的な変身を遂げてしまうのだ。
「さ、大事なアイテムを」
「あれーーー?」
急成長した三精霊が放った風魔法は二撃。そう、成長しても春の訪れを象徴する東風──雅な表現で〝こち〟は柔らかい風なのだ。
「あれーーー? とんでくーー」
透明な巨人が操作しているように、木箱から解放されたフラカラ用の義歯、入れ歯はそれを最もそして唯一求めている主の手……口の中目掛けて飛んでゆく。
「////お、おお!////」
ガシャン、シャキーーン。
入れ歯装着完了。フラカラも上下揃って義歯を噛み締めるに至った。
「乙女」
「乙女じゃないよ。わたしはねーー。食べ物屋の娘のアンだよーーー」
「アン。令嬢アンと申すか。私は一角獣のフラカラ。義歯を守護し装填装着の尽力」
数体、数匹のシロアリ人がフラカラにのしかかる。
「乙女に無礼であろ」
まるで妖刀の餌食。一角獣の周囲に存在していたシロアリ人たちは、揃って撫で払われて地に落ちた。
「令嬢アン。誠に感謝の念が尽きぬ」
キスのつもりなのか、頬ずりなのか。フラカラはアンの顔面と密着させる。
「わぁ。くすぐったいよ。おウマさん」
「フラカラ卿」
「おお、メアリーと申したな。其方に」
数歩分ドン引きした爆乳のエルフ美少女メイド。
「我が主令嬢カミーラと離れ過ぎました。もしメイド風情の行為に謝意をお持ちでしたら、合流するご援助願えますか?」
「おお。喜んで我が角を其方たちの為に貸そう。さ、令嬢アン。我が背に」
「イグがいるからいいよーーー」
フラれたフラカラ。
「では、サラージュの令嬢にて」
貴族の末席であり乙女への賛辞を惜しまないフラカラ。当然、長々しい口上を御披露予定だろう。それは度々撤退を主張するメアリーには、嬉しくないんだ。
「急ぎます。素早い行動を願います」
「なんとこれは迂闊であった。了解した。風精霊たちも協力を希望する」
人間年齢で言う青年期に踏み込み、通常の視覚で認識可能な存在に昇化したコチたち。
「そうだな」「そう来なきゃ」「メアリー、行こう」
少しだけ人数を増やした撤退戦が始まる。
バリバリバリ。
シロアリが石を囓る。道端の石じゃない。竃を形成している硬くて熱にも強い石を齧るなんて。
「//がーー//」
ってか面白いんだ。歯をボロボロにして、最悪自分の歯を砕いてもまだ竃を攻撃しているんだから。
「これが最後の竃だ」
「あっちに」
鍛冶屋の息子でミキサー制作の責任者、コダチ。見習い鍛冶職と背中合わせのやや大柄な女性が細工師のホーロー。オオトカゲのイグやフラカラの入れ歯は木工職人のレームが土台と雛形を削り、細工師のホーローが微調整を担当している。
作業としては直接関わらないけど、この二人。幼馴染でもありチームモンスターの歯医者さんの同士でもある。
「もう一つあるけど」
「ああ、あれね」
コダチとホーローペアから距離五メートルほど。小さな竃が、まだ無事だった。
「あれは予備の竃で最近使ってないから。火加減が良くなくてさ」
「へぇ。そのへんはわかるのかな」
文面だとまだ冷静なホーロー。でも実際は半泣きで身体中汗でびっしょり。汗で身体の凹凸を見事に、たわわに主張している。
「これだけは、この竃だけは」
「守れるかなぁ」
コダチとホーローに限らず、シロアリ人は生物を基本襲わない習性のお陰で命拾いしている。だけど、もしも攻撃目標を失ったら。まだ暴走が收まらなかったら。
「俺は守る」
ごくりと唾を飲み込もうとして、喉がカラカラだったコダチ。
「守り、たいです」
「ああ。これなら洋次の」
「やめろ」
どんと背中同士がぶつかる。ツッコミチョップの代わりに密着している背中を衝突させたのだ。
「どんな結果でも俺は後悔しない。だからそのためにも逃げたくないんだ」
「でも」
「そろそろヤバい」
たらりどころか汗の激流になっているコダチ。
「じゃないかーーーー」
ガンバレ、イベントもそろそろ終幕だ。
根拠はないけど。




