182 まさに戦闘中なのだ
「分隊長」
握っていた長槍を手落としていた当番兵。
「ああ」
剣戟を中止して、刃にこびりついたシロアリの体液や脂を拭き取ろうともしないバイア中尉。
『ふん。シロアリなど、所詮はムシよ』
ばり。
ばりばりばり。そして、ごっくん。
踏み固め握り潰し噛み砕く。
それはバトルとか対決の構図ではなく、圧倒的などと形容も無礼。
ひたすら一方的な戦力差、そう。
蹂躙こそが相応しい表現だった。
「人語を操る竜など」
「聞いた覚えがありません」
それが常識だった。それまでは、これまでは。
「隊長」
新兵教練も実施されていないくせにイキナリバトっていて活躍しているエルフの二人組。
「あれは古代神竜です」
「それも白金です。プラチナドラゴン」
まあ当たり前だけど、青銅よりは鉄。鉄よりは銀、そして金、白金と竜の格付けは、冠名称の希少価値に比例して本体も強力化しているのがファンタジーの常識だ。
「えん?」「プラチナ?」
その言葉を知らないほどバイアは無知ではない。でも。
「冗談やでまかせを申すな。エンシェントドラゴン」
現在、オルキア限定ではなく、バナト大陸では竜はヒューマン族を中心に家畜化されている。野良竜などほとんど存在しないし、まして人語どころか魔術呪文すら駆使するエンシェントドラゴンは絶滅している扱いだった。
「隊長」
ひょい。
バイアは、身長が五、六メートルはありそうな長身のドラゴンの爪で一摘みされた。
『ほう。申すな。この小僧』
「うわーーーー」
バイアは、竜顔──本来は帝王などの貴人との対面の婉曲表現なんだけど、ここはホンモノだ──と正対した。
「ししし失礼仕った。おおお王国軍」
『辺境の部隊の班長、バイア中尉であるな』
正確には国境のマラム城塞守備隊の将校だ。
「どうして」
どうして名乗りもしていないのに。
『大事の最中だ。多少の非礼は目を瞑る』
特大サイズの目は、くわっとバイアを捉えているけど。
『共に戦い、そして証言することを命ず』
「ぎぎょ、御意」
バイアは貴族、そして将校なのだ。精一杯の強がりを動員してエンシェントドラゴンの眼圧力に潰されない努力をする。
『サラージュは無事、そして平穏であると、な』
「御意」
至る処穴だらけでシロアリに襲撃されて絶望的状況に瀕しているこの場所を平穏と呼ぶ神経が、エンシェントドラゴンの肝っ玉なのか。
「ぶんたーーーーい。静々とーーすすめーーーー」
分隊の指揮を執るバイアが剣を天空に掲げると、切り刻んだシロアリ。テミータ人の血液に等しい白濁した体液が滴る。
まさに戦闘中なのだ。




