180 我はハリスの土と成らん
「//ペンティンスカ。ペンティンスカ//」
年老いているから純白よりもいぶし銀が一団の先頭を切っている。ぐっと天空に歯向かうような角が、なんとも眩しい。
「如何しましたか、フラカラ」
同行者がいるなら便乗しようと一部を先発させたハリス家。
決して大軍ではない主力部隊を引率しているのは表向きはハリスの第一子の令嬢ペンティンスカ。でも戦術的には一角獣のフラカラ卿が統率している。
「ペネ、〝また〟伝心の会話ですか?」
まだ義歯、入れ歯のない一角獣フラカラは上手にしゃべれない。でも守護契約を結んでいるペネとは、脳内や心と心で通話をする。あくまでもフラカラの立場だと、乙女ペネを乙女為らざる存在に犯すコンラッドのは、そんな繋がりが結ばれていないのだ。
「////ふん。舌を頼りにせねば会話も侭ならぬ不器用ものが////」
「フラカラ」
フラカラとコンラッドは、いわば孫娘を奪う青年とお爺ちゃんの関係として観察すればわかりやすい。つまり、お互いにワガママでゴネているのだ。
「////すまぬ。どうも雰囲気が怪しいのだ、ペンティンスカ////」
人語を自然に操れるこの一角獣は、サラージュの洋次の患畜。つまり歯の治療を施されている。
「ええ、戦闘状態に突入と伝書が届いています」
「それをどうして黙ってました?」
ペンティンスカ、愛称略称はペネ。ハリス令嬢の婚約者が代官のコンラッド。ペネと鞍を並べて行軍中だった。
「斯様な場所にペネをお連れはしかねる」
「////そうか、まあ弱腰であるな////」
バトル。もちろん鞍上には乙女が不可欠だけど一角獣は争いの中を駆け抜けてこそ、その四肢を大地に指す面目がある。
揉め事はバトルで決着がデフォルトなのがフラカラ卿なのだ。
「////怖ければここで留まるもよし。我は単騎でも往く。よいな?////」
「いけません、フラカラ。単騎従兵もない騎士の突撃は勇気に非ず」
まだ治療が終わっていない。正規の食事を採っていないからあばら骨などが浮いているフラカラだけど、往時の気構えは蘇っている。
つまりバトルしたいのだ。
「しかし」
先遣隊を見殺しにするのは婚姻前のハリス家には都合が悪い。でも、危険は危険だ。
「////小役人の都合等知らぬ要らぬ////」
一度だけ前掻き。ウマ系の動物がバトルや高速移動の前触れ、準備体操的に行う、アレだ。
「////さらばだ、ペンティンスカ。我はハリスの土と成らん////」
捨てゼリフなのか遺言なのか。
少なくてもフラカラはペネに決別の言葉を残して特攻する。
「フラカラ、いけません」
「あのですね」
もうサラージュに踏み込んでいるっぽいからもし不幸にしてフラカラが戦死を遂げてもハリスの土にはならなそうですけど、もちろん以心伝心通話使えないコンラッドは、フラカラの捨てゼリフの内容を知らない。
「その」
コンラッドは、最後の一言が言えなかった。言えば、どっちにしてもマズいしね。
「フラカラ」
小さく震える、ペンティンスカ。まだこの段階では一角獣が守護する乙女だ。
「ペネ。そろりそろりと前進、良いですか?」
一応いつでも逃げられる範囲内でお願いしたい気持ちがあった。
「お願いします」
どこまで婚約者の意図を令嬢のペネが読み取ったのかは不明だ。




