179 我に従え。今だけで善い
「分隊長。このままでは撤退すら儘ならず」
実際には息切れしながらの当番兵。
「むむむ。敵に背を向けるは武人の恥なれど」
持参してる武具はもう限界だ。そして分隊員の体力も。
「退却か夜か?」
なんか聞いた覚えがある。
「ぶ、分隊長。あれを御覧ください」
「なんと」
正規の教練を経ていない割に元気なエルフが上空を見上げる。
バイアが感嘆したのは空模様ではなくて、その体力ゲージについてだ。
「あの輝きは?」
「はて」
見習いエルフやバイアと円陣の体制で小休止する。
「まさか」
掌を全開したような形。そう、翼がある生物かモンスターの影に見える。
「もしかしたら援軍でしょうか」
「しかしあの影」
バイアは首を振った。翼があり、十字の形をした生物。それはワイヴァーンやコウアトルを含めた竜族の影に似ている。
「なれど竜は──」
中世風のオルキアには、もちろん竜がいる。でも、チキュウ式には飼い竜と呼ぶべき存在価値だ。
象よりも巨大で勝気な竜を飼い慣らし囲える有力者は少なく、そして基本的に門外不出。
他所のトラブルに飼い竜を投入するもの好きなどいない──がオルキアの常識になっている。
「ハリスやカンコーには登録がない」
そして野良竜などは存在しない──たった一つの例外を除いては。
「ややしかし、あの風は竜に間違いが──」
また風か。どれだけエルフは風が好きなのかとバイアは舌打ちしていた。作法に煩い貴族なのに。
「わ」
その一言。一音だった。
衝撃波と大地が割れる──もう穴だらけだけど──振動で視覚は刹那途絶えた。
大地震を連想させる地響きとその衝撃波。
「わーー」「//ぴー//」「なんとー」
衝撃波を中心点に、シロアリ人のドミノ倒しが成立した。その半径は推定だけど百メートル単位。とんでもない空気圧の襲撃だったのだ。
『何をしておる。進め』
「誰だ、誰が余に命じ、て、い?」
バイアは全身が切り裂かれるような旋風に耐えていた。だから、どんな魔法だか突然夜の闇に支配されたのかと疑って、そして自分の愚かさを恥じた。
「あれ、いや──」
貴方様は何方。
剣がバトルではなく、地面の平を確認する道具と化していた。
半身がセオリーな体制が棒立ちになっていた。
涙目で、だらしなく口が開いていた。
「まさか」
言葉としては知っていた。でも自分の目に焼き付けたのは初体験だった。
「あなた──様──は?」
夜空の一番星のように神々しく見上げなければ捉えられないその姿。
万余を遥かに凌駕したシロアリ人の大軍にビクともしない勇猛さ。
そして、そんな存在が一言。
『我に従え。今だけで善い』
「あ、ああ」
「分隊、進め」
バイアは一兵卒のように突撃。シロアリたちを切り込んで行く。




