178 結末は近い。多分
「ええっと、『フラカラき』、き、?」
卿の単語を勉強していなかったアン。でも子供なりにわかることもある。
「いいなーー。イグよりも大きくて重そうな箱だーーー」
重い、イコールいいものだーーーー。
それが子供の思考であり、そんなアイテムをシロアリから守れば稀人が褒めてくれる。
「じゃあ、これと」
『フラカラ卿』の名入りの木箱と洋次がアンに全然見せてくれなかったファイルを小脇に抱える。
「オネエちゃんたちと、ごーーりゅーーー」
「うぎゅぅぅぅぅ」
柘植製の入れ歯だって耐久度、限界値がある。アンの無意識の撤退は、大正解の一言に尽きた。
「いくよーーイグーーー」
繰り返すけどシロアリ人たちは尖塔の内外でも同士打ちをしている。ってか内紛のバトルだ。
だから、イグはそんなに抵抗もなく塔外の脱出に成功した。
「風よ。風よ」
乱戦でも、アンを救出する隙間を残すために。
メアリーは呪文を乱打していた。大人し目の──対稀人は例外だけど──エルフメイドの風魔法は致命傷にはならない。でも、アンが逃げ込める余裕を持つためにメアリーは戦う。
「メアリーおねーーちゃーーーん」
呪文詠唱が止まったメアリー。
「アン、無事だったのね!」
「うん」
メアリーの肩が下がった。安堵のせいで大きなため息もつく。豊かすぎる胸も上下する。
どうしよう。叱らなきゃいけないんだけど──。
「なんかねーー。これだけしか持ち出せなかったのーーー」
「もお」
腰に手を添えただけで胸を震わせながらメアリーは口を一文字にする。怒っているのだけど、無邪気に笑うアンに、怒気が行方不明になってもいるのも間違いない。
「さあ、令嬢カミーラと合流しますよ」
「うーーん」
魔力を溜めて一気に放出する。小さな筋だけど、メアリーとアンとイグの脱出路としてはそれで足りるはずだ。
「行きます」
メアリーが目を細くした。
これって洋次をジト目して以来の珍しいマジ顔だったりする。
「うん、いこーーーー」
アンの方は相変わらず、だ。
「つまり、お前が原因のだと考えているのか?」
神様の子孫、巨人フンババ族のイジの肩に乗っているレーム老人が杖を振り回している。もちろん歩行用じゃなくて、お粗末だけど武器としてだ。
「そうなります」
柔道を学校の授業で習った程度。後は登山ビギナーな洋次だ。
「だから、なんとしても」
六本足でも、地面に接しているのは後ろ足だけ。素人足払いでもシロアリを倒せるから面白い。
「それは考え過ぎだ。テミータ公民だろうがシロアリ人だろうが、数年に一回、こんな爆発がある」
「んがああ」
さすが巨人の一撃だ。数匹のシロアリがキラリと光って場外に消えた。
「でも。そんなこと、取締官も」
有効だけど殺傷力は足払いにはない。倒されたシロアリを新手のテミータが踏み潰すくらいが関の山。
「そりゃ普通は地下で争うからな。王宮でふんぞり返っている役人が地下の争いなど興味無かろう」
「そ、そう」
そうでしょうか。際限がないバトルで息切れしているから、言葉を吐き出せない。
「だが、そろそろなんとかせんとな」
「んがーーー」
両腕を掴んで強引に左右に分ける。シロアリは白い体液と悲鳴を残して消える。
「んまん、んま」
「だからイジ。食っても減らん」
「まあまあ頑張ってくれて」
ますから、の一言がでない。水筒なり水袋なり携帯すべきだったのだ。
「なんだ。限界か若いの」
「そうですね」
助けてくれているのか、混戦で敵味方の識別がないのか。
洋次の周囲では、まるでプロレスのバトルロイヤルが展開されていた。
「なんとか、しないと」
シロアリ人、テミータの同士打ちと、対ハーピィで消耗してくれているのが救いだった。でも、サラージュの西部の開拓を阻んでいたハーピィすら、数百万のシロアリの群れに圧倒されている。
「あのキーキー声が途切れている」
サラージュのハーピィの絶滅危惧のシグナルが点滅している。それは願ったりでもあるけど、ヤバげな兆候でもある。




