176 退却はない
数が違いすぎる。
サラージュ領内に踏み込んだだけで足止めになっているのはマラム城塞守備隊の派遣隊。名前はカッコいいけど、正体は城塞の糧食の労力と手間を省くためのミキサー買い出し班であり、戦闘単位としての体裁も整っていない。
先導したカンコー、同行のハリスも大軍ではない。
それでもそれぞれの健闘を讚えるべきだろう。
避雷針ならぬ誘導体として鉄柱だか鉄オンリーの槍を投擲して、ライジンを効果的に連打する作戦は決して悪くないと評価したい。
光があれば、無くていい影もある。
残念な事実としてシロアリたちはどんどん溢れている。救いがあるとしたら、全てのシロアリが登場即ヒューマンに食らいついていない事。だから分隊にもカンコー、ハリスにも戦死者はない。
「分隊長」
「ああ。仲間割れしているらしいのが唯一の幸い」
分隊長だから軍人。中尉だから当然将校。だから、本来は中尉殿と敬称をつけなければ処罰の対象になる。本来ならば、だ。
「どうしたら善いのでしょうか」
分隊長のバイア中尉の直属は副官とは呼称されないで当番兵が役名になる。でも仕事や上司の立場や性格を把握していないと勤まらない難しいポジションである点については副官も当番兵にも違いはほとんど、ない。
「分隊長」
バイアの当番兵は、退却を進言したいのだ。厳密にはバイアの本業はミキサーの買い出しであり、サラージュで勃発した紛争戦闘の仲介でも部隊壊滅の危機に瀕する事態に飛び込むことでもない。
「や、や、槍を。か、構えよ」
しかし、バイアは困った問題を抱えていた。まだ青年将校に属するバイアは、貴族の末葉の出身なのだ。
「カンコー、そして件のサラージュは次期当主は乙女と聞く。その窮地を見捨てるは戦士に非ず。じりじりでも構わぬ進め」
バイア自身軍刀を一閃。シロアリの首を切り払った。
「でもライジンと吸血族ですが」
「乙女は乙女成。進め、斬り進め」
退却はない。少なくてもバイアが諦めるまでは。
「いいか見習い兵。遅れるなよ」
ヤケになった当番兵は、風魔法を織り交ぜながら部隊の輪を構成しているエルフの二名を叱咤する。それは、只働きか下手をすると恩給の支給が認定されない無駄死の命令を発した上官への憤懣でもあった。
「敵はどんだけいるんだ。だが、切れば殺せるぞ」
自分たちも。
「斬り進め。戦士たち」
「当番兵なんですけど」
愚痴は、有象無象のシロアリたちの声に掻き消える。




