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175 風よ! 風よ!


「い、イジ。お前ちょっと待て。城に向かうぞ」

「んしししんろろろ」

 二体ほどシロアリ人を平手打ちでエフェクト退場させると、ドラム缶みたいな腕がぐぐっと伸びる。


「んれれれれ」

 レームの指示には従うらしい。まだ神の眷属の名残はあるのだろうか。


「城が。御令嬢が心配だ。食うのは後、いいな?」

「んだだだ」

 エレベーターが三階から二階に。そんな感じで急下降急上昇する。それはイジがレームを鷲掴みしながら頷いたからだ。


「い痛たたた。ともかく急げ。サラージュの一大事だ」

 サラージュ城と関係している人材の中で唯一的に先代──つまりカミーラの父伯爵閣下とその時代──を知っている老人がレームなのだ。そしてシロアリの、ある集団が叙爵されオルキア国内の、しかも地下に公国を樹立運営された経緯まで記憶している。


「姫にもしもの過ちがあれば大初代や先代閣下に申し訳が立たぬ。イジ!」

 イジの左肩に載ったレーム。


「んそそそそ」

 どどどんと急発進。とんでもない勢いでシロアリの塊を蹴散らすイジ。繰り返すが、ずっとずっと昔は神の眷属だったフンババ族の末裔。


「んいいいんくくく」

 でもたまには通りすがりのシロアリを齧りながらの疾走。その光景は白い骨付き肉を頬張り走る体育系の補欠選手のよう。

 目的はそれなりに崇高なのに、どうしてこうなったんだろう。


「いいか、イジ。急ぐのだ?」

 レームはシロアリ人の治療を洋次が予定しているくらいしか知らない。老人にはシロアリの天変地異的な暴走と解釈していたのだけど。


「あれは、稀人。洋次」

 人口密度が薄い分、たまに通る人影はとても目立つ。まして何と言うかどこかしらに〝異世界人〟臭を漂わせている洋次が走っているのだ。結果シロアリたちを引き連れる姿で。


「まさか、あいつ絡みなのか」

 年の功漲みなぎる老人も、洋次とシロアリたちの関係悪化まで思考していなかった。


「なんてことだ」

 イジの耳元の髪の毛をぐっと引き落とす。


「イジ、やや不本意だがあの稀人を助けるぞ」

「んほほほ?」

 イジの視線が微妙に洋次からズレている。


「おや、シロアリに襲われている稀人に寄り添うもの好きがいたものだ」

 だが、誰だ。

 サラージュ限定解除。オルキアの裏事情も少々回り道している老人の記憶にもないサラージュの住人がいる。


「あれは誰なんだ?」

 これまで老人、レームが目撃したことのない強力な風魔法を自在に扱う少女。

 少女が──いた。



「外壁は放棄します。メアリー撤退しなさい」

 うぞうぞごじゃごじゃ。シロアリ人だかテミータなのか、なんてどうでもいいし、どっちが公王派で反公王派なのかもわからない。

 サラージュは白。でもマジくすんだ白に占領されつつある。

 五百万とも億とも定かではないシロアリ人、テミータが乱戦を展開すると原住民は、ひとたまりもない。


かしこまりまして令嬢。外壁を放棄! 皆さん城内に移動してください!」

 メアリーの号令で、一人また一人と後退を始める。もちろん、その中には窯業のウツワやモデラを筆頭にした家族もいる。


「アン。一緒にいらっしゃい」

「うん」

 名前はジャイアントで実際メートル越えしている大ハトでも、そろそろ限界が近づいている。いや、冷静には指揮を採っているアンも賞賛すべき奮闘をしているのだけど、一にも二にも数が桁違いだ。


「ああ、まって」

「なに、どうしたの? あれは?」

 前方百メートル。不自然なテミータの小山が動いている。


「ねぇねぇメアリーオネエちゃん」

 メアリーの腰ベルトをくっくいっと引っ張る。

「わかりました。風よ」

 大きく息を吸い込んで大きく胸を揺らすメアリー。


「我が願いに応えの地に吹き荒れよ」

「うわああ」

 短時間だけどメアリーが輝いた。いや、ナイスバディで美少女だからいつも輝いているって形容ではない。本当に光った。


「吹けなんじの真の能力ちからを示せ」

 瞬間風速数十メートル。もしかしたら百近いシロアリが3Dの空気鉄砲で弾かれた。これは、さっきまでの吹き飛ばすだけの魔法の威力じゃない。


「うわーーー」

 テミータには珍しく人語の悲鳴も混じっていたけど、メアリーとアンの関心はそんな処にはない。


「やっぱり、イグ!」

「ぎゅぅぅぅぅ!」

 ジャイアントシリーズはシロアリ(テミータ)やハトだけじゃない。そもそも洋次が異世界でモンスターの歯医者さんを実施するに至ったのキッカケ。それが巨大トカゲのイグ、食べ物屋のニコの娘、アンの飼いトカゲだったのだ。


「イグ、アンを探してくれてたんだね」

 でもシロアリたちは感動の再会ぬ涙咽むせぶヒマをくれない。


「さ、それではひとまず退がりましょう」

 改めてアンの袖を引くメアリー。


「えーーでもアン、イグと一緒なら平気だよーー」

「数が違い過ぎます。これは令嬢の御指示でもあるんですよ」

「はーーーい」

 怖いもの知らずな童女だからだろう。退却命令はアンのテンションが地の底にまで下落させてしまった。もっとも、地の底にどんだけテミータのトンネルが張り巡っているのかは、メアリーもカミーラも感知していないけど。


「じゃあじゃあさーーー」

 落ち込みも早いけど立ち直りも早い、とてもいい子なアン。

「オネエちゃんも一緒に来て。ほら、西側」

「だから内壁の建物に、アン! ダメですよ」

「イグ、いっけーーーーー」

 子供用のミニ戦車に載った体のアンは城の中心部ではないベクトルで移動している。


「そっちは西の尖塔。食料の倉庫にしてるの。誰もいないのよ」

「いるよーー。まれびとの道具があるんだもーーーん。さっきエラそうなオジさんがいってたよーー」

 アンは、キコローがサラージュの住人の指示を聞き漏らさなかったようだ。さすがエラい子。洋次の診療道具や資料の避難場所が、キコローの仮宿、西の尖塔なのだ。


「洋次の?」

 普段なら、年の差でメアリーは楽々アンに追いついて首根っこを抑えられただろう。でも、敵味方の分別も収拾もつかない状態では、唯叫ぶだけだ。


「うん。だってあそこにはイグの歯があるもーーん」

「アン、だめですよーー。お城の中に逃げなさい」

 攻撃目標じゃないから風魔法で足止めも叶わない。アンとイグは、小さな身体の利点を活用して──ジャイアントって精々イグは全長二メートル程度だし、低い姿勢だからね──お目当ての尖塔に移動している。


「風よ、風よ!」

 実測すれば、結構離れず近づかずでメアリーはアンを追走、追歩? している。でも、等身大のシロアリたちがバトっているから気が気じゃない。


「風よ!」

 メアリーには珍しく弾き飛ばしたシロアリ人の身体がバラバラになっている。それくらい慌てていた。



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