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173 行くべき時に行くのも漢ぞ


「これは正規の王国軍と見受けますが?」

 カンコー家の私兵部隊からの問いかけが響く。


「如何にも。何ゆえの武装であるか」

「こちらに見えるは我、カンコー伯爵家の軍旗。これは義の出兵にて、何卒ご容赦の程」

「「義?」」

 応答しているのはカンコー伯爵家の役職者だろうか。

 紋章院に登録されている正規の紋章が刻まれた軍旗を掲げる偽物など滅多にないことなのだ。


「我が家はサラージュのワルキュラ家ご令嬢と姉妹の契りを結ばんと志す太き御縁の仲なり」

 軍旗を掲げる戦士に合流したバイア中尉。


「なるほど。して、例え義姉妹の関係と申しても、無闇に軍勢を動かすは不法である」

「緊急の事態にて、何卒この一義はお目こぼしを。それに」

 バイアに耳打ち。


「なんと、取締官閣下の要請と?」

「取締官? このような僻地に取締官の派遣など聞いてないわ」

 バイアも分隊の誰も、キコローが稀人の審議官から素早く取締官に変身した事件を知らないし、知る由もない。


「取締官閣下からの依頼では捨て置けず」

「御意。分隊長」

 ぎゅぎゅぎゅぎゅっと鉄兜の紐を締めなおすバイアたち。


「付いて来れる者だけで構わぬ。全力前進」

「「「了解」」」


 ハリスにマラムの分隊、そしてカンコーの連合部隊がサラージュに進撃を開始した。


「しかし、先頭を切るその」

 カンコー軍の戦闘は、なんと伯爵夫人。つまりミーナーのお母さんのプラム夫人。


「これから剣呑な場面に遭遇するやも知れぬのに、なんと軽装であるか」

 プラム夫人ことカンコー伯爵夫人の衣装。それは、薄地のチェニックのみ。もちろん帯留めとかの僅かな装飾品はくっついているけど、バトル向きではないだろう。

 バイアは、それを心配した。


「ご安心を。我らカンコーはライジン族」

「しかし。可能ならば我らマラム隊の後方に控えて頂きたい」

「いえいえ」

 かぶりを振る。こちらも古臭い表現で否定をしたカンコーの将校。


「それは我が部隊の言葉。兵隊さんたちこそライジンを見くびっては困る」

「なんと」

 バイアは、ライジン族のなんたるかを熟知していない。


「ぶ、分隊長」

 正規の教練を終えていない見習い兵が息も絶え絶えに発言する。油断したら肩に載せた長槍を手落としてしまいそうな、危なっかしい足取りだったから、よくもまあ喋る元気があるなとバイアは思っていた。


「何用であるか、申せ」

「前方。おそ、恐らく戦闘中」

 汗だくで口を開放して疲労困憊の見本のようなエルフの発言。


「何を申すか。まだ音も姿も明瞭には聞こえぬし見えぬ。見習いでも王国軍兵士が不確実な言質は避けよ」

「ですが」

 二名のエルフの、やや年上が発言をする。


「ま、間違いあり、りません。風が、乱、れています」

「風?」

 バイアには、感じなかった。



「キコロー。どんどん増えてくる」

 もう敬称を付ける余裕はない。


「そうだな。暴走した下級職のシロアリがあちこち囓りまくっている」

 なにしろ必要があれば土塀も突破するシロアリの巨大化した集団だ。

 基礎どころか跡形もない人家も見受けられる。


「どうすればいい?」

「そうだな」

 で、取締官あんたこの期に及んでまだ襟を整えるのかい。


「先ず民家を囓っていないシロアリを倒しながら進もう。そろそろサラージュが危ない」

「じゃあ、西の方にシロアリを誘う。どうだろう?」

 身繕いのために鞘に収めていた細身の剣を一閃。見事にシロアリの首を飛ばすキコロー取締官。鞭さばきだけじゃなくて剣術もなかなかの腕前だ。


「ナゼ西だ。草むらが中央部にあったハズだが」

 刀身や刀の肉厚は戦力に比例しないようだ。サーベルより少し太い剣は、まるで湿地の芦を撫で払うようにシロアリを屠る。マジ必殺剣だ。


「でもあの草原は半分ヴァンの、モクムの飛び地だし」

「この状況で戯言を」

 一度の剣さばきで二体のシロアリを戦力外通告させる、二刀流も名人級なキコロー。


「マジさ大マジさ。だって西はハーピィの巣なんだ」

 サラージュの流通と開拓の障害になっている領地西部のモンスターハウス。メインの害モンスターは邪神扱いのケースもあるハーピィだ。


「なんと。納得したぞ、さすがカミーラやメアリーが認めた稀人」

 キコローの称賛をお互い向き合って聞けないのが残念。

 だって洋次は全力疾走の準備体操中だし、キコローはカメラがないのが惜しいほど殺陣の御披露中だ。


「見送りだけだが、行けるか? 余はカミーラの万が一に備えて、ここを動かぬ所存」

 アキレス腱から膝屈伸。今更感は半端ないけど、これも臨機応変の結果だと言い訳しよう。


「行くさ。私はサラージュの稀人。サラージュを害する勢力を潰し合える好機なんだ」

「うむ。安心せよ。貴殿は決して死なぬ」

 体操緊急停止。二メートルのキコローを見上げる。


「お言葉だけ頂戴します。取締官こそ」

 まさに絶妙で最悪のタイムング。白い絨毯か濃霧が奮闘する取締官を全包囲した。


「取締官」

「行け洋次。汝の指名はシロアリの撃退。それがサラージュの明日を守ること。行け」

 威勢を張るキコローだけど、それは音声のみ。

 大人と子供の身長差のある王国の重鎮の立ち姿は、もうない。もぞもぞわらわらとシロアリの密集ボールうごめいているだけだ。


「取締官!」

「行けと申した。シロアリ人は生物はそれ程好みではないし、案外私は強いのだ。行け」

 新手のシロアリがボールに吸収されても直径が変化しないのは、まだキコローの生存の証拠なんだろうか。

 護身刀を抜いて、シロアリボールに身構えた洋次。


「まだ行かぬのか。マヌケな高校生。行くべき時に行くのもおとこぞ」

 健在証明。

 一匹のシロアリがボールから吹き飛んだ。


「済みません、行きます」

 洋次はちょっと俯いた。でも、その姿勢はスタートダッシュのほんの一瞬だけ。後は目的地目掛けて一直線に駆ける。


「キコロー」

 涙はない。顔面が濡れているのは、きっと汗なんだから。


「畜生。どうして治療することがこんな不幸の引き金になっちゃうんだよ」

 でも走る。

 結論やオチは、生き延びてからだ。



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