172 お前らバカだし
「おい。トラノイの長男坊が」
振り返ったサラージュ領民。
「んあ? ああドワーフ母ちゃんの、あいつか。って立ち止まるなよ」
振り返った男の背中を押す、別のサラージュの男。
「あの坊主、生意気で喧嘩っ速くて」
「だからガキなんだろ。止まるなら列から外れてくれよ」
「なのに、あんだけのシロアリに」
「ガキだから死ぬのが怖くないんだろ。バカだし」
「おにーーーちゃーーーん」
半分ドワーフの少年の家族。七、八歳らしい妹と五歳前後の弟もUターンする。
「このこの」「帰れ。よくもお家をこわしたなーーー」
「ああ、あのちびたち」
半分ドワーフ少年も反転して舌を出す。
「こらガキの来る場所じゃないし」
「君のご妹弟かい、モデラ少年」
鍬の刃先ばかり酷使すると壊れるのが早まるから、柄の部分で突き倒すウツワ。コダチとは違う食器用の窯業者だ。
「だから少年じゃないし」
「それは度々済まない。で、済まないついでに、やはり幼い子供の参戦は如何かな?」
「って仕方ないし。っうっらーーー!」
改めて腕まくりして妹弟たちのいる場所に移動する少年。いや、少年じゃないし。
「このこのーー」
八歳の女の子。しかもハーフドワーフだから、投擲される石も、本当に小石だ。
戦力として計算にも入れられない。
「うっらーーー!」
「あ、兄ちゃん」
子供のくせに無茶な行動をする姉弟を叱ろうと少年は自分の拳骨を口元に動かす。どうやら、拳骨の事前にはーーっと息を吹き込むのは、チキュウも異世界も共通だったらしい。
「あ、モデラ兄ちゃん」
この決死の場面で、にこやかな笑顔だ。
「うっまえらーーー」
お前ら、だろうか。
「うわっ」「ん?」
ハーフドワーフのモデラ少年の手は既にシロアリ人の体液などで汚れていた。そんな手で下の子供たちを殴りたくない。モデラはそんなお兄ちゃんでもあったのだ。
「兄ちゃんががんばるならパパデイエもがんばるの」
ネズミを追い払えても、それを殺傷する力はない小石をまるで宝石のように誇示するモデラの妹、パパデイエちゃん、八歳。
「お前ぇらバカだし」
「うん」
こちらは五歳の弟が激しく同意。
「だって父ちゃんの子供で兄ちゃんの弟だもん」
おアトがよろしいようで。
「おーーまーーえーーーらーーーーー」
全身バイブレータになったモデラ。
「ええっと、少年。モデラ君。この大バトルだ。君一人離脱しても戦局は変わらないぞ」
シロアリ人の喉元を突いたウツワが一瞬振り返って叫ぶ。もちろん、ウソではないけど、それはモデラ兄妹が参戦してもしなくても同じだという意味でもある。
「おい! おっさん!」
「だからウツワだよ」
くいっと振り返ったモデラ。残念な事実としてウツワは少年の悲愴な決意を傍観できる余裕がなかったのだ。
「おっさん、ここを俺は死守するし」
「まーーー」
シロアリ人の同士打ちを背後から叩く頭脳戦に切り替えつつあるウツワ。
「程ほどにな。死ぬのは賛成できない。退くべき時は退こう」
「って。おっさん、そこはミエはるところだし」
「口じゃなくて手を動かし給え。モデラ」
「っつさいよーーーー」
「意味不明だーーーー」
ぐっちゃべりで隙が生じていた。
「そこの二人」
また新しいバカが参戦。
「子供も戦っているからな。俺もミエを張るぜ」
「でも、死なない程度に」
「そこは激しく同意だ」
「っ男ばかりカッコつけんなよ」
圧倒的な劣勢でもまだサラージュは絶望していない。
トラノイの家族に同調するように、ポツポツとだけどシロアリ人に歯向かう領民が続出した。
そんな混戦が展開されている。
「分隊長」
マラム城塞守備隊所属。買い出し出張のバイア分隊は、急ぎ足でサラージュ移動中だ。
「前方、サラージュの雰囲気が険悪です。剣戟らしき物音も聞こえます」
「うむ。更に上空になにやら飛来しておる模様」
「鳥、でしょうか?」
「わからぬ。だが、到着した途端バトルの恐れあり。程々に急げ」
乗馬に鞭を入れる。
「ち、中尉」
前方の塊を指差す当番兵。
「未確認の部隊です。あれは雷の紋章」
底辺でも貴族出身のバイアは即座に紋章の家名が閃く。
「サラージュに程近い雷の紋章。あれはカンコー伯爵家」
「まさかサラージュのワルキュラとカンコーの領地争いで?」
「わからぬ。だが」
バイアの言葉を待たずに抜刀、臨戦体制をとる分隊。
「備えよ」
バイアのバトルも、既に始まっていた。




