171 一人、またひとり
「おい、立ち止まるなよ」「前に進んでよ」
秩序を失っているシロアリの猛攻から城内に逃げ込んでいるサラージュの地元民。
避難の隊列の一人が緊急停止した。
「おいウツワ、どうしたんだよ、止まるなよ」
「うっせえ」
早朝の微睡んだ時間帯を襲った突然の警鐘。着の身着のままの一青年が背後の物音に置き忘れていた我を蘇らせる。
「姫様が戦ってる」
「そりゃ、ここの領主じゃないか」
正式には爵位を襲位認定されていない。だって〝成人の儀式〟を済ませていなのだから。
「食べ物屋のアンも戦ってる」
正確にはハトを使っている。
「そりゃあのガキんちょは稀人と付き合う変わり者だ、いいから進めよ」
背中を押され小突かれても根が生えたように不動のウツワ青年。
「おい、ダッポの家が齧られて半分くらいなくなってる」
「だから逃げてんだろーーー」
首を振るウツワ。
「このまま逃げても、結局城も食われちまう」
「だからーー」
やってらんねぇと青年を放置。隊列は再び移動を開始する。
「済まないけど」
偶々すれ違いざまの農夫に一言。
「その鍬を売ってください。サラージュを汚すシロアリを追い払うために姫様とご一緒に戦います」
「だけんどよぉ」
ぐっと農夫を睨む。
「確かに数が多い。でもこのまま生まれ育った土地を無抵抗で食われて逃げ出すなんてゴメンだ」
まるで強欲な借金取りか恐喝するように農夫の顔面に拳を突き出す。
「手持ちはこれしかないけど、鍬。譲ってください」
「たたたたた、たた」
万余のシロアリに素人が歯向かうのか。
ガクブルな状況を望む顔見知りに、手向ける言葉がない農夫。
「まあ死なない程度に」
ほぼ強引に譲られた鍬を構える地元青年。
「俺に続けなんて言わないけどさ。サラージュ人のスピリットを甘く見るなよ」
肩に抱えた鍬だけ。防具なしでつかつかと一度は潜った正門に引き返すウツワ。
「おい、お前死ぬぞ」
「でも女の子がアンが」
もう一人立ち止まった。
「いや、俺にはチビがいるんだ」
また一人立ち止まる。
「お前はアテにしてねぇ」
穀物を入れた革袋を女性に手渡す、とある男。
「これ頼まぁ。全部食うなよ」
「あんた、死んじゃうよ」
「死なない程度だよ。ちょっとひと暴れすっから先に城で待ってな」
二人が正門に戻る。
「とうちゃん」「あんた、いけないよ」
家族の別れがサラージュ城の敷地内に巻き上がる。
「なんだよ。子持ちが、カッコつけんなよ」
「おい」「兄ちゃん」
揃って避難中だったある家族。一人のまだ少年の領域の男子も踵を返す。
「素手のおっさんばかりじゃ戦力にならねぇよ」
幸いにこの少年は家族ぐるみでの移動だったから、そこそこ道具を持参していた。
「ほら。肉切りと叩き棒。それに爺ぃの杖。ちったぁ素手よっかマシっしょ」
ウツワを先頭にシロアリに立ち向かうべく決死のUターン中の男性陣に武器を渡す少年。
「全く、近頃の子供の口の利き方は頂けないな」
文言と違い歯を見せるウツワ。
「んじゃ。おっさん鍬一本で独りで戦う気? あれだけのシロアリ。そのうち刃こぼれとかするし」
少年から受け取る肉切りを腰紐に差すウツワ。
「少年。大事な持ち出し家財の貸与、感謝する」
「少年じゃねーし」
「しかし、どう見ても少年だが?」
「俺ドワーフだし」
何故か首を大きく上下させる少年。ウツワがドワーフ族を名乗る少年をまじまじと眺める。
小柄で丸顔のイメージがあるドワーフ族の顔立ち体格と目の前でいきがっている少年。
その少年からやや距離を取った場所に立っている女性が母親だとするとハーフドワーフ。つまりヒューマンとドワーフの愛の結晶らしい。もっとも、少し尖った結晶のようだけど。
「おっさんにガン見されるとウザいし」
「なるほど」
シロアリがウツワの面前に躍り出る。
「こいつ」
鍬は、実は戦闘力は強い。ウツワの強引なひと振りでシロアリの手首を跳ね飛ばす。
「やるし、おっさん」
「おっさんじゃない。君たちが使う磁器を制作しているウツワが名前だ」
「へぇ」
ドワーフの少年もウツワに負けるものかとシロアリを足払いで倒す。
「君の名」「いっぱい来たし」
バトルは開始された。
ウツワたちの接近に反応したシロアリたちが、ジャンプして城壁を突破したのだ。続いて、城内にも、とうとうシロアリトンネルが開通し始めた。これでは、どんどんと新手のシロアリの登場してしまう。
「少年。じつは私は大昔、王国軍の騎士に憧れていた」
「んじゃ、今は騎士気分だなって、おれ少年じゃねーーし」
「では改めて質問するけど、名前は?」
「少年じゃないしって、モデラ・トラノイ。普通の農夫だし」
「そうかな」
喉なのか首根っこか。ともかくウツワが鍬を振り回すとシロアリ人に命中。白濁した体液を撒き散らしながら倒れた。
「普通は逃げるじゃないのかな」
「ここは戦うのがサラージュの普通だし」
「そうか。モデラ、頼むぞ」
「頼まれたし」
でもシロアリ人たちの包囲網は犠牲を払いながらも小さくなっている。




