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170 エルフも戦います


「新兵、ついて来れるか?」

 オルキア北西の国境を守備するマラム城塞所属のバイア中尉が率いている分隊は強行軍で進んでいる。


「まさかミキサー購入から」

「はっ。審議官護衛任務が流れ補充新兵を引率して」

 当番兵がバイアの愚痴を継いでいる。


「それよりも二名の新兵、大事無いか?」

 バイアと当番兵は騎乗。新兵は慣れない武具を装着して駆け足。体力的にハンディはあり過ぎる。


「くいついています。ご安心を」

「そうか。エルフへの認識は改める必要があるな」

「しかし、サラージュに不穏な動きアリ。ですが分隊長」

「わかっておる」

 バイアは中尉。兵隊には雲の上の人種だけど王国軍では末端の部品でしかない。


「命令は補充兵を伴った城塞への帰還。だが将校として経路に不穏な空気あれば備えるのも武人の努め」

「御意。同行の」

 バイアの分隊の後方にはハリス領の義勇兵が同行している。もっとも特別紛争が茶飯事な領内でもなければ、一地方貴族の戦力は多寡が知れているのだけど。


「うむ。存外備えは万端の模様。ハリスは噂通り資金が潤沢であるな」

「左様で。しかし」

 職業軍人の城塞派遣部隊に地方の自治部隊が、遅れずにぴったりくっついてる進行速度は賞賛物だろう。


「どうしてハリスは、これだけサラージュの援軍に積極的なのでありましょうか?」

「さて」

 洋次がハリスのご令嬢、ペネことペンティンスカの成婚の鍵を握る重要な人物だからこそ、職業軍人が驚嘆する緊急展開が実施されている背景がある。


「どうしたものなのか」

 どんだけ好戦的なんだハリス兵は。そんな的外れな印象を抱きながらバイアは目を凝らした。


 もちろん、これから勃発。いや、もうバトっている光景までは見えるはずもない。



「風よ」

「////ぎぃ////」

 メアリーが風魔法を連打。直撃を受けたシロアリ人たちは吹き飛んでいるのだけど。


「メアリーおねえちゃん」「数がちがいすぎ」


「////くっちまえ////」

 リーダーシロアリが前足をこきこきと動かす。


「か、かかかか」

 魔法酷使の疲労とカミカミ癖で、呪文詠唱が滞るメアリー。


「////けけ////」

「あ、このアリ」

 アリじゃない。でも等身大のシロアリが襲いかかれば、美少女すぎるメイドだろうが、ごめんなさいなキャラだろうが、朝飯前に平らげてしまう。必要があれば土塁漆喰もシロアリが貪った記録があるのだ。


「////ぴぎ////」

 シロアリが前足をメアリーに触れるか触れないか。幽かだけどシロアリの悲鳴が起きた。


「あ、貴方達。まだ日が高いのに」

「//メアリー//」「//メアリー//」

 上空からの絨毯爆撃が美少女エルフメイドの危機を救った。


「メアリー、退がりなさい。ここはコウモリたちが抑えます」

令嬢レディ

 領民を城内や尖塔に避難誘導していたカミーラが、シロアリの迎撃に参加した。


「ですが」

「ここはわたしが父祖より継承する城。支える領民です」

 カミーラがすっと手を差し伸ばす。

「//きき//」

 リモコンのようにコウモリたちを自在に操ってサラージュ城内に侵入を企てるシロアリを追い払う。

 そう、ワルキュラ・カミーラはサラージュ伯領の次期当主なのだ。


「//なんて//」「//この//」

 でもシロアリたちだって諦めていない。一度爆発した感情は周囲の迷惑なんてスルーして暴走にチェンジ。


「//頭をまも・れ//」

「しまった」

 コウモリの絨毯爆撃は、そりゃ効果的だ。基本頭部はどんな生物でも弱点だから、頭上からの攻撃を守るには腕が塞がる。


「ロボ、カランボー」

 でもシロアリは手足が六本あるんだ。ヒューヒュー系よりもワンペアが自由に使える設定になっている。


「//いけ。くっちまえ//」「//けけ//」

 ナポレオン戦争の戦列歩兵。つまり隊列を組んだシロアリが整然とメアリーに、コウモリや狼男を指揮するカミーラに漸進する。


「令嬢、まずは城内に」

「なりません。ここは私の城。招かざる」

 カミーラの決意を宣言させてくれない白い悪夢が密集して凝縮する。


「令嬢」

「//カミーラ//」

 サラージュの正門が白い支配者に屈する刹那。


「ハトさん、いけーーー」

「//ぺご?//」「//ななな//」

「なにが起きました?」

「令嬢、退さがりくださいませ」

 メアリーの進言を拒否ったカミーラがサラージュの上空を指差す。


「あ、あれは?」

「ハ、ト? ホーローの大鳩(ジャイアントビジョン)です」

 カミーラが指揮するコウモリは翼長で三十センチくらい。シロアリに爆撃する小石もピンポン玉サイズだ。でも──。


「//くるっくーー//」

 子供を背中に乗せられるジャイアントビジョンは翼長メートル越え。体格差に比例して落下させる対象も小石を卒業して焼きレンガサイズ。


「//ひーー//」「//にげるな//」


 コウモリ爆弾には耐えられたシロアリの手足も、レンガがお見舞いされるとぼきっと折れた。


「アン、アンなのね?」

 誤爆を警戒して頭を抑えながらアンを捜すメアリー。


「はいはーーーい。ここだよーー」

 可愛いアンの無邪気な返事に、シロアリが振り向く。


「アンはねーー。いっつもハトさんに餌をあげてたのーーー」

 にこやかに令嬢カミーラやメアリーに手を振るアン。


「こっちにいらっしゃい。シロアリから離れて」

 遅ればせながらアンがジャイアントビジョンを指揮している構図を理解したシロアリたち。

 あの小娘を襲えと言わんばかりにリーダ各がアンを指差す。


「コチ、シロッコ、ぜピュロス」

 びゆ。

 メアリーが風の精霊──の幼生体に命令する。一言だけで素早く精霊たちは強風を吹雪かせてシロアリの行進を阻む。


「//ぬぬ//なんてしぶとい//」

 なにしろ数が違いすぎる。でも三精霊たちの強風はシロアリを何体か弾き飛ばしたり、パニくらせる。


「この城を、領民を守ります」

「承知致しました、令嬢」

 シロアリに包囲されて、腰が半砕けていたメアリーも立ち直る。


「三人とも、力を貸して」

(ああ)(もちろんさ)(とーぜん)

 少し前洋次の脳裏を素通りしたこと。精霊たちが異常に成長していることを、拠り所のように懐かれているメイドは発見した。


「貴方達」

 精霊の成長は時間だけが経過すれば成立はしない。拠り所などが与える影響が強い厳粛な事実を、昔は自然と背中合わせだったエルフのメイドは知っている。


「ありがとう。一緒に、ここを守りましょう」

 風は吹く。

 そして頭上注意。



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