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17 いい仕事するね


「あなた、ようじ」

「あ、いいな、それ」


 びしょびしょのメアリーに迫られていて、しかもあなたって。脳内の妄想劇場が初日と中入りと千秋楽を同時に迎えたみたいで、なんだか嬉しいぞって喜んでいます。


「精霊が見えるなんて、ああ。やはり洋次は生贄に最適なのに」

「その生贄は勘弁してもらいたいなぁ」

「でもお嬢様がサラージュ伯爵位に就位していただくには必要な儀式なんです」

「ああ、そんな話しを昨日聞いたね」

「わかりました。南風フェーン東風コチ西風ゼピュロス、この人は大丈夫だから出てらっしゃい」

「うわっ」


 地面からメアリーの影から、合計で三人の子供。じゃなくて精霊が出現した。


「この子達は皆、風の精霊、で、です」

 また噛んだらしいメアリー。八重歯ちゃんだからね。


「私は、どうしてなのかこの子達に好かれているのです」

「へぇ。あのさ、もしかして昨日メアリーが空飛んでたのってさ」

 キッ。急速にへの字になるメアリーの口元。


「何も見てませんよね。なのに、どうして知ってますか?」

 一二歩後退を迫られるほどメアリーは迫る。その勢いは、そりゃ怖いのなんの。

 

「じ、尋問っか。だってさ、空から飛行してたのは〝見るなーー〟って命令の前だったし」

 じーーー。メアリーはジト目で洋次を凝視する。目を逸らすべきなのか、ハズしちゃいけないのか。


「今回は緊急事態でしたから仕方ありません。それにあなたは生贄の大任が待ってますし」

「あ。〝そっち〟のあなたは好きじゃないな」

「はいはい、どちらでも、そろそろ朝食にしましょう。洗濯物を乾かしたら持参しますから小屋に戻ってください」


 大事なことを忘れていた。

「そうだ、俺の服。返してよ」

「で・す・か・ら・。洗ってお返しします。これから当面同居するんですから、こちらの風習に従ってください」

「でもね」


 実は洋次はずっとメアリーの足元を注目していたのだ。転倒とかズブ濡れで、いゃん恥ずかしい光景とか、出現したり消えたりの精霊で騒いでいたので、質問するスキがなかっただけで、注視していた。


 洗濯。盥を知らなくても、メアリーがナニをしていたのかはイヤでもバカでも理解可能だ。その行動の意味するところ、つまり洋次の所持品は全て盥の中に放り込まれていた。その上で足踏み。洗濯板は、メアリーの転倒時盥から離れていたけど、この小道具も洋次には謎の物体でしかなく、それよりも持ち物の運命の方が過酷なのだ。


 どっぷり水に浸かって足踏みされている。リュックの紐すら水没を確認している厳しい現実が目の前にあった。


「あの、財布ですか、これ。これは預かっていましたから」

「そっか、『生徒手帳』を抜いていたよね」


 僅かに希望の光が射した。


「後は全てちゃんと洗いましたから」


 メアリーはちゃんとお仕事をした。そう、異世界の雑菌が付着している恐れのある携帯スマホも丁寧に水に漬けて洗って。洋次のスマホ、完全防水じゃなかったんだけどな。


「いい仕事するね」


 出会って、もう半日近く。やっと今更時遅く気づいた事。

 メアリーの真っ黒な衣服。あれはメイド服だったんだ。


「洗濯って大事な仕事だね」

「では朝食を持って参りますから。失礼します」


 間違いなくメアリーはメイドさんだ。まだ水が滴っているびしょ濡れなワンピースの裾を摘んでお辞儀をすると、大きな建物に戻って行った。メイドさんの周囲を飛んだり跳ねたり元気な風の精霊たちが接着してる。

 そんな忙しそうなメアリーたちを吸い込んだ建物が本館と呼ばれるのか館なのかは、どうでもよかった。


「干し携帯かよ」


 テレビCMでしか目撃しない紐の物干しに、シャツや登山用スパッツに並んでぐるぐる巻きにされた携帯が干してあった。少し視線を注げば画面が、もうお亡くなりになっている。ダメ押しでガラス面も細かく余白のない亀裂が芸術的な効果を演出している。


「ま、電話なんて使えないけどさ。異世界だし」


 荷物の中で無事だったのは異世界では、ほとんど意味をなさないだろう学生証に保険証、レンタル会員カードと若干のニホンの金銭だった。


 真実裸一貫で異世界に来た。そう痛感せざるをえなかった。

「乾くのは、朝食後、かな」

 オルキアの日差しは地球と違って眩しさが弱いように感じていた。



「ご馳走様」

 メアリーが運んできた朝食は、トレーに餅みたいな硬いパン。これが一個に汁物として非常に健康的に塩っ気が一切ない豆のスープが小鉢みたいな皿に一杯。最後になんだろう、サラダかな。野菜が日本や地球産じゃなから、生食してよいのやら。結局醤油もドレッシングなしに食べたけど。


「……」


 少しだけ期待した、お代わりは如何ですがナイ。やはり、これだけが朝食なんだと確信する。もう一品二品を諦めて、異世界オルキアでの生活情報を手探りする。


「なぁメアリー。少し町とか歩いていいかな」

「なぜ?」

「い、意外とタメ口だね。ま、地道に歩いて、今後を決めたいからね」

「そうでした」

「な、なんだよ」

 ふわぁん、プリン。メアリーの山脈が大振動しながら距離を縮める。多分、そんなんじゃないだろうけど、嬉しいじゃないか。


「洋次様は特技がありますか。穀物が一年に何回も採れる秘法とか空中の元素を固定、特に金銀や宝石に精錬してしまえる能力とか」

「それ、どんな設定? それに洋次様って俺、普通の高校生でサバイバル登山もまだ勉強中だし」

 ぐぐぐっとメアリーの半眼が、そりゃもう近いのなんの。

「つまり、役立たずなんですか?」

「役、立ちません」

 視線外していいですか。無言で無許可で室内の丸太の年輪を数えるしかなかった我が身が辛い。




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