169 バトルが始まる
「ならば、もう一度試さねばなるまい。〝最新の治療を試したい〟とな」
「どうやって?」
アジュタントが貫通させたトンネル出口からは、新手のテミータがどんどん噴出している。とてもたどり着けない。
「案ずるな。穴ならば、然と見よ」
「あ、新しい陥没」
テミータは暴走レベルに達していた。出番待ちのテミータが新し出口を掘り進む。でもそれは同時に先に飛び出していた仲間の落とし穴の二役を勤めてしまう。
「////ギギ////」「////どけ///この////」
「ああ。仲間割れだ」
ついさっきまでは洋次キコローなどのサラージュの住人や施設を攻撃していたテミータ、シロアリ人。でも、シロアリ同士の戦闘もあちこちで勃発している。
「どうだ。主導権を握る大切さがわかるか。戦争は数が絶対に非ず」
「しかし結局昆虫なのか。興奮して敵味方の区別をなくすなんて」
「それは違うぞ稀人」
すぱっとテミータの手首を切り飛ばすキコロー。
「ずっと燻っていた現公王派と反公王派の争いが、たった今正面衝突に至ったのだ。貴殿の治療するの言葉を号令にしてな」
「やっぱ私のせいじゃないですか」
高校の授業で指導された足さばきでも結構実践の役に立つ。洋次は突っ込んできたテミータの足を蹴り跳ねて転がしに成功する。
「おおおおおおおおおおい、しししししい」
ミキサー工場に変身していたランスの鍛冶場。
少人数なら人も雇い、賑やかになっていたのだけど。
「おいどどどどどどど」
「親父」
鍛冶職人の弟子であり息子のコダチ。普段はコダチが親父と問いかけると師匠と呼べと怒鳴る関係だった。でも。
「あわわわわわわ」
だめだこりゃ。
「親父、手伝いさんたちとサヤを」
サヤはランスの娘、コダチの妹でランスは過保護溺愛している。
「シロアリが竃をくくくくくく」
樹木、倒木だけを食する印象のシロアリだけど、必要があれば岩盤でも金属でも砕いた実例がある。まして、暴走していれば火が入っている竃も囓る。
「親父、サヤたちを!」
コダチは怒鳴った。あんまりにも大声だったから、シロアリたちの襲撃が刹那停止したほどだ。
「あ、ああ。サヤと見習い、だな」
「頼むよ。遅れたけど、城に逃げてくれ」
「兄様」
二本指を立てて額に当てる。チキュウだとグットラックの挨拶だ。
「いい機会だから姫様とご対面してろ。工房は俺が守る」
「兄様」
「サヤ、お父さんと来なさい」
お別れの言葉を完結させないで愛娘の腕を引っ張るランス。
「兄様」
どんどんと逆ドップラー効果で聞こえなくなる妹の声。
「大丈夫。サヤ。姫様や洋次がきっとなんとかしてくれる。だからお前は大丈夫だから」
コダチは呟く。
「////く・う・ぞ・////」「////し・ね・////」
話し合いの余地はなさそうだ。
「さーーあ。ここは俺の聖域。戦場だ。サラージュのために、自分のためにミキサーは守るぞ」
最近修理も新調も依頼がなくなったロングソードを倉庫から取り出していた。
「死んだじっちゃんの話しだと、イキモノってのは隙間だらけだってさ」
「///ぎぎ///」
シロアリの突進を避けて片腕を切断する。
「は。斬れるもんだな。剣術なんで護衛程度しか習ってなくても」
無意味に唐竹割りをして刃先を消耗するのは愚かな行為だ。一度か二度の視覚効果があっても、最小限のエネルギーで最大効果を狙うのが正しい。
「////こここ、こいつ///」「////ぬぬぬ、しぶと、い/////」
シロアリが円陣を組む。
「お。本格的に殺しの陣形か」
ぎゅっ。ソードを改めて握り固める。
「こここここ、コダチーーーー」
「あ?」「///べ?///」
数体のシロアリが飛んだ。もちろん、ウマや馬車に轢かれた衝撃には劣るけど、三百六十度死角なしに包囲されていたコダチには束の間救いの手。
「あ。ホーローじゃないか」
「ここここここ」
顔面涙でぐしょぐしょなホーロー。
「なんだ、お前まで『ああああ』とか『ここここ』なのか? って痛いじゃないか」
女性としては大柄なホーローが全力でコダチをホールドした。つまりぎゅぎゅぎゅぎゅっと抱きついた。
「だだだだだって怖いんだもん」
「泣くな」
下ネタ好きだったり取締官や稀人とタメだったりするホーローも、虫系はてんで弱かった。それがもう目の前に等身大のシロアリの密集団のご登場の幕である。一番身近で頼りにしている人物に逃げ込んでいたのだ。
「怖いか。なら戦え。じゃないと俺たち明日がない」
「だだだだだって」
「戦え!」
いつもならホーローの軽口をやれやれ。ウンザリ顔をしたり、口喧嘩しているコダチが一喝した。ダラダラ小言じゃなくて、一言だけ。
「ほら、お前の獲物。武器だ」
ダガー。短剣より手軽な武器と間違われるのはダガーナイフ。ともかくコダチはホーローに短剣のグループに入る武器を押しつけた。
「一緒に戦うんだ、ホーロー」
「で」
「もう逃げるな。王都からも」
ホーローは王都で細工師の修行をしていた。でも洋次には、それだけで、〝修行が完了している〟とは言及していない。
「わたし、は」
徒弟関係はほとんど縦社会。体育系の男社会だ。潤沢な手土産を持参しても、新入りは即最下層カーストとして扱われる。
これに加算して男社会に混じった小娘のホーローがどんな扱いをされたか。
コダチだって田舎者でもバカじゃない。それにコダチ本人が鍛冶師見習い、徒弟生活の先輩だ。薄々とだけどホーローの徒弟生活が、どんなだったか想像できる。
「ここは王都じゃない、サラージュだ。そして今は俺もいるんだ」
「そうだけど」
直接ホーロー本人が告白ってない。でも、たいたい結末はわかっている。
「今は俺も一緒だ。逃げるな」
ホーローはコダチの励ましに答えない。でもダガーを手放さずそしてコダチの背中から離れない。武器を構えたパートナーがコダチの背中をがら空きにしないだけで戦力になるのだ。極めて微力だけどね。
「こうなれば一緒に竃を守ろう」
「それって?」
竃。コダチには商売道具だ。でも一般的には家事の象徴でもある。
『竈を火を守る』が財産や権力の後継者の代名詞として利用される事例部族もあるのだから、そんじょそこらの言葉ではないのだ。
「俺たちの竈をまもるんだ。竃が壊されるとミキサーが造れない」
懸命になっているコダチは適齢期の男女間で通用する意味ではない竃を死守を試みていた。
ホーロー。
ホーローは、どうなんだろうか。
「やってみるよ」
「ああ。背中のがら空きを防いでくれるだけでいいんだ」
辺り構わず齧ったり破壊中のシロアリ人に刃先を向けながら前進するコダチ。鍛冶見習いでもあり、ミキサーの製造責任者でもある。




