166 そのための洋次
「時代かな。昔の稀人ならば、『伝声管』と〝正しく〟呼んだものだが」
伝声管。
それは、天空から落下した小娘のアニメでも使われた、船舶などの通信手段のひとつ。
携帯や無線電話などはそれぞれの機器が音声を信号に変換、それを電線とかケーブルで伝える。
一方で伝声管は、伝声管本体の振動で音声を伝搬させるのだ。配管工事さえ充実すれば、全くのエコ通信なんだけど、通話距離は長くないのが欠点でして。
「それで? と反論したい顔だな。ともかく、明日か明後日に襲撃させる。貴殿にわかりやすく説明すると、ぶっちゃけ挑発するのだ」
「トンネルのケーブルでも伝声管でも、どうやってです?」
「例えばこう、だ。〝治療が後一回で完了するからすぐ来院してください〟。〝新素材が完成しました、これで治療すれば五年は岩でも噛み砕けます〟などだ」
「それが本当なら、ベティメ準男爵は?」
「来院した王、女王にベティメが稀人を脅迫した事実が発覚する」
「そうか」
少しだけ身体が熱くなっている実感がある。これまではテミータとの衝突を避けたいし、戦闘になったらどうしようと心中ガクブルしていたんだ。
「仮に公王がベティメを不問にしても公王陛下の寿命が伸びれば、どっち道ベティメの将来はない」
「そうだ。そうなると貴殿を匿うのが」
ぐん。
身長二メートルのキコローに洋次は立ち塞がる。構図としては、ぶら下がりに見えたとしても。
「冗談じゃない。私のせいでテミータが内紛してサラージュがタイヘンな場面に陥っているのに。逃げ隠れなんて」
「落ち着け、尖るな。貴殿がそう宣言すると思っていたよ。そして、それは皮肉にも最大の戦力になる」
「まさか。不意打ちでもシロアリに迫られてビビっていたんですよ」
健康だけど不健康に洋次は白い歯を少し剥き出しにする。
「でも決して屈していないではないか。良くよく噛み締めよ。貴殿の奪い合いが勝敗の要となる。とすると、公王の寿命を伸ばして欲しい一派は、我々側に味方する、ではないか?」
「そう上手くいくかな」
「行かねばならぬ。同士打ちを余儀なくされたら、サラージュ襲撃の二の足を踏むベティメ派のシロアリもいるだろう。寝返りまでは期待していないがな」
「にらみ合いで衝突は、ナシって行かないかな?」
「難しいな。先程貴殿、洋次のせいでテミータが内紛に至ったと発言したがな、取締官としては自惚れるなと警告しよう」
「な、なぜ」
「なにしろ地下の集団、王国内の公国だから周知していないが、テミータの抗争は代替わりや数年おきに勃発しておる。皮肉にもこの紛争がシロアリの人口調整の役割も果たしている。若干は〝産みの苦しみ〟だ。サラージュは巻き込まれたが、それを克服してこその領主だであろ?」
「え、カミーラちゃんが?」
ふふっ。今度は柔らかい笑みだ。
「〝ちゃん〟と呼べるのは本日までやも知れぬ。この困難を乗り越えれば、彼女は立派な成人だ。儀式や七面倒臭い事務手続き、領主としての行政力どは、どうにでもなる」
「貴方が居て頂ければ?」
「未来永劫、余も地方で取締官は望まぬ。だが、少しくらいは教鞭を振るうのも悪くない」
「カミーラが、一人前に成長するくらい?」
「ああ。メアリーは、もしかしたらここまで期待していたかもな。シロアリの襲撃は予想外であろうが」
そのための洋次。
そのための稀人。
そのための成人の儀式。……全裸で。
「そうか。でも」
やはりサラージュには不幸な事件に違いがないのだ。
そう考えると胸が締め付けられてしまう想いだった。
「善いか。一にも二にも、このテミータを乗り越えた先の問題課題だ。まずは活きよ。取締官として稀人洋次に命令するぞ」
「はい」
シロアリとの武力衝突から生存する。
それはどれだけタイヘンなんだろうか。
「安心致せ。サラージュの主要人員と貴殿は死なせぬ。取締官の威信に賭けてな」
あまり慰めにはなっていないけど。
オルキア王国取締官キコローが作戦立案。
決戦の日が明けた。
「それにしてもどっちがシロアリなんだろう──?」
尖塔の最上階に設備させていた鐘を鳴らした時、洋次はサラージュの領民が慌てふためく様子に、そんな印象をもった。
その第二ラウンドだ。
「姫様」「お嬢様」
行列をなしてサラージュ城に避難している領民たちの声。
「安心して、用心のためですから」
サラージュ城内や尖塔に財産や戦力外の子供老人を避難させる領民の列。
「少しお家が壊れるかも。でも安心して」
「頼みますよ」
「おねえちゃん」
顔は覚えているけど誰だろう。母親に手を引っ張られて城内まで歩いてきた子供だ。
「怖いない?」
「わーーーい、こわくないよ」
カミーラに頬ずりされた途端、ご機嫌になる子供。
「どうだ稀人」
「ああ、さすがだ。カミーラ」
「肝が座っていると言うか危機感が一般人とは異なるのか」
「さあ。でも、これを乗り切れば、だろ?」
作戦は決まった。
シロアリたちを、こちらから誘導するの一点で。
「でも」
「確かチキュウの言葉にあったぞ。三十六計逃げるに如かず、とな。下手な考えよりも一点に絞るのだ」
「それ」
正しいのか間違っているのか微妙だろう。
「じゃあ、準備に取り掛かりましょう。取締官」
「ふむ。善き心がけだが、もう少し待て。あの報せで作戦の根本に違いが生じる」
「報せ? なんですか、それ」
「目を凝らし耳を澄ませ。わからぬか?」
「わからぬかって──? あれ?」
申し訳ないけど半ば難民化しているサラージュの領民の列をどんどん追い越してゆく一騎がある。
「よーーじーー。よーじーー」
「おや、威勢のいい乙女が来たぞ」
洋次の倍速で馬を走らせるホーロー。
「返事が来たんだな。ハリスとカンコーの」
「巨大ハトだけに安全面のみならず速度も通常の伝書鳩よりも速かった模様。吉報だと善いのだがな」
「そうですね」
この時、洋次だけではなくオルキア準閣僚席のキコローも考え及ばなかった事実がある。
シロアリたちは、既に一部が暴走している事実を。ハリス、カンコーのあちこちにシロアリトンネルが貫通していて、更に数箇所の陥没が発生していることを。




