162 キャンセル料、金貨五枚
ガリ。
「////なぜだ////」
「何度も言わせるなよ。モンスターの歯医者さんがテミータだろうが蜂女だろうが、ジョカ(じょか)だろうが見放すわけにはいかないんだよ」
『じょか』。
正式な文字はナンだか変換しない、古代中国の神様だ。人類の創造神であり、下半身が蛇と、モンスター属性フル回転なキャラだ。
「////訳のわからぬことを////」
バコっ。
尖塔内に新しいトンネルが開通した。床が打ち抜かれたような穴が相手、そこから一人、二人とシロアリ人が現れる。泥だらけだから、掘り進んだ当人たちなんだろうな。
「貴様。わざわざ警告したのに、存外愚かな異世界人だな」
穴からの声。
「で、さぁ。せっかくトンネル掘ったんなら、顔出しなよ。下っ端のシロアリがキョロキョロしてるだけって絵的にも格好つかないぜ」
穴を穿っての警告から、シロアリ人が夜間訪問する実行にシフト。
「ふん。愚か者に会わせる顔などないわ。自分の選択を悔やんでも遅いぞ」
「だからさ。名無しさんだって、こんな堅い加工した床を齧ったら歯が痛むぜ。そんな時」
「ならば死ぬのみよ」
腕組みして、うんうんと頷く。
「あー。つまり汚れ仕事は下っ端にやらせて、自分は王様女王様のお亡くなりを指折って待っているんだ」
「この場で貴様を殺してもいいのだぞ」
「だけど、してない」
シロアリ人。人って呼んでいるから、驚いたりする反応はニンゲン寄りらしい。
尖塔内を治療室としてリフォームしているから、物珍しそうに頭を振っていたシロアリたちが、一斉に洋次を注目した。動きも、止まる。
「だけど、攻撃命令がない。何故だ?」
シロアリ人の戦闘力は知らない。でも、数で押されたら洋次は瞬殺でミンチか細切れになるだろう。
「最初の時に言っていたよな。役に立つって。あんた達、王様や副王を押しのけて政権を奪ったら、その時は私に治療して自分だけは長生きしたい。そうだろ?」
「………」
下っ端シロアリ人たちも、微動だにしなくなった。ぐぅの音もでないほどじゃないけど、命中したな。
「でも、王国の取締官から聴いてるぜ。あんたが王様になったら、もっと若いシロアリが後釜。副王になる。もっともっと若いシロアリが兵隊アリの軍団長や騎士団長になって、結局王様女王様の座は温まるヒマがないそうじゃないか」
「だが、現公王は長生きしすぎたのだ。既に二名の女王と一人の副女王。さらに三名の副王が王にならずに薨去しておる」
薨去は、崩御よりワンランク下、でも高位な階層の死亡を表現している。
「でも、それは運命だろ。確かに、現公王が今以上に長生きすると順番待ちしてる貴方達にはもっと可哀想だろうけどさ」
老害は、異世界でも社会を崩壊させる宿痾なんだ。
「異世界のニンゲンの貴様になにがわかる。それとも稀人が全てを解決する妙案でもあるのか?」
「なぁ。公王じゃなくてもさ、伯王って聞いたことあるぜ。私の世界、チキュウでだけど」
十字軍で派生したエデッサ・トリポリ伯国が有名。
「は? はく、国? くだらぬ。警告はなんどもしたぞ」
「返事も何度もしたけどね」
因みに、名無しのシロアリはまだ穴の中。トンネルの反響を利用した会話をしている。
「////※* //□】」
シロアリ語で、〝帰る〟と命令したのか、ご登場時と同じく静かに静かに穴に沈む下っ端シロアリ人たち。
「おい」
穴、埋め戻せと口にしたくて、でもへの字に口を結んだままの洋次。繰り返し断言したモンスターの歯医者さんだ。
「朝になったら板で塞ぐか」
そんな呑気な状況じゃない。
「洋次、洋次。生きておるか」
尖塔の木製扉のノッカーの連打。それに拳で扉を叩いている?
「返事をしてください」
「ああ、無事だよ」
穴をぼーっと眺めていたら、夜間の来客だ。
「キコローだけじゃなくてメアリーまでか」
「そうだ」
扉越しの会話です。
「生きているかって、どうしてご存知?」
「ロボ。狼男たちが騒ぐのでメアリーを呼んだのだ」
「へぇ。便利だな」
今までロボたちが静かだったのは、それだけ洋次の環境が平穏だった証拠になる。
「今晩は」
ドアオープンしました。
「洋次」
「洋次。喉元に刃を突きつけられては。おらぬな」
扉を開けた。ちょっとだけガッカリしたのは開口一番がメアリーの小顔じゃない点だ。
「なんだか、アジュタント準男爵じゃないテミータ人が、ほら」
開通したばかりの穴を示す。
「なんと。これは、相当な数のシロアリがサラージュに集結しているのだな」
「そうなりますね」
「あ、あの」
高価なロウソクを灯して戸口で控えているメアリー。ロウソクの弱々な光が、純白の肌の美エルフメイドを青白く写している。
「洋次がご無事だと令嬢にお伝えしますので」
「左様か。もう夜更けだ。汝はこのまま就寝するが良かろう」
ちょっと前のキコローなら、夜遅く男性二対美少女一の構図を叱責したはずだ。
「お言葉に甘えさせて頂きます」
深々とお辞儀をしてメアリーが退場する。
「話しの内容は予想がつくが、歯の治療をするなと脅迫されたか?」
「ええ。実は先日キャンセル料で金貨五枚を投げられまして」
「うむ。それはサラージュの穴開けの代価としておけば善い。だが」
ロウソク一本でも王都取締官がしかめっ面をしているのがありありと灯される。
「ちょっとシャレにならない事態ですね」




