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159  余はまだ背中を空けぬ


「具合はどうです、フラカラ卿」

「////ふん//あの忌々しい//指が失せてから気分は悪くない//ザンネンだがな////」

「歯茎も喉なども病巣を除去したら、いい具合です」

 ハリスの馬丁はいい仕事しているな。


「////だが//あのデスナイトの指を//噛み砕く//猛者がいるとはな////」

「メアリーもキコローも。あ、メアリーはサラージュのメイドでキコローは現在は取締官です」

「////どちらも余には//興味はない//だが、あれがデスナイトでなくて、なにがデスナイトと言うのだ////」

 舌圧子を喉の奥の奥まで突っ込む。


「////ぬぬ//苦しいぞ////だがな//デスナイト以外のモンスターが口の中で二年も三年も腐らずにあるものか////」

 ネタバレをすると、フラカラのお喋りさせないために舌圧子を挿れている一面がある。


「でもねぇ。メアリーも取締官もデスナイトなら、他のモンスターに食われたりしないと懐疑的でして。あ、喋れます?」

 ぶるぶるぶる。

 頭を少し振って、尻尾は回転しそうなくらい回すフラカラ。乙女を守護する一角獣さんだ。


「////口に棒を//突っ込まれて//喋れる理由がなかろう//!」

「え、でも」

「////これは//神獣の余の特性//精神通話だ////」

「ああ、テレパシーでしたっけ。それでは、次回は歯型を採りますから」

 ここで、やっと舌圧子を抜く。


「死ぬ想いであったぞ稀人、モンスターの歯医者」

「あ、喋り声はテレパシーと同じだ」

 そして多分肉声は初めて耳にしている。


「同じでなくて如何とする。どちらも余の声である」

 前かき。馬が前足を地面につけたり宙に浮かしたりする、あの動作のことだ。不安な精神状態の意思表示だと言われている。後、ホントに身体が痒いときとか。


「はいはい。フラカラ卿は騎士でしたね」

 騎士。

 男爵、準男爵の下級の貴族になる。でも、庶民視点だと、とてもエライ。


「その騎士に棒を何時まで咥えさせるのだ、其方そなたは」

「ええっと。入れ歯が完成するまで?」

「イヤミを正直に応えるヤツがおるか!」

「ってフラカラ卿って意外とお茶目なんですね」

 そして、今回も伝説は守られた。


 曰く、『英雄は酒場にはゴロゴロ集まっているけど歯医者の診療台には独りもいない』と。



「い、いつになったら開放されるのだ、洋次! 稀人!」

「えええっと。ハリスのペンティンスカ嬢のためなら命を投げ出すのでは?」

「それを邪魔したのは稀人であろーー!」

 ぶるるる。一角獣フラカラは洋次の肘辺りを噛み付いた。


「あの、なんだか動物虐待してるの私みたいだから、遠慮してくださいよ」

「ぎゃ、虐待であろーー! 仮にも騎士の身体にぼ、棒を!」

「ですから、治療器具の舌圧子ですよ。それに身体じゃなくて咽喉に挿入です」

「き、さまーーー」

「ああフラカラ卿が怒ってしまって」

 やり場のない激情をクールダウンしたいのか、興奮すると走るのは馬系の習性なのか。

 ハリス家の牧場を疾走する一角獣フラカラ。


「おお旦那が走ってる」「こりゃお嬢様、ご安心だ」「よかったなぁ」


 ニセモノ説が優勢だけどデスナイトの指が取り除かれ瘴気漂う雰囲気は一変している。

 これに、アンとメアリーが売り込んだミキサー食の成果が相まってフラカラの体力は急勾配の右肩上がりで回復している。


「////洋次//洋次////」

「あ、テレパス通信」

 馬場を一周回って落ち着いたのかフラカラ卿、ご帰還。


「その入れ歯は何時完成するのだ? 歯型はどうするのだ?」

「治療を要求する患畜が、もっといれば獣医師はどんだけ……」

「ナニしみじみと愚痴っておる。速く完治致せ」

「また無茶を。じゃあ、次回、歯型を採取しましょう」

「了解した。で、何時が次回だ?」

「なんだかなぁ」

 構図としては、トチ狂って人に欲情した馬に迫られている兄ちゃんだから、とてもイヤだ。


「資材を揃えますから、明後日」

「明後日だな。ようし、余が乙女(ペンティンスカ)の許可を頂き直々に参る。一刻も歯を治したい」

「治療とか前向きになっただけでも私の仕事も価値があったんですね」

 ぶるんぶるんぶるん。

 団扇でも与えておけばいい風が造れたのにな。


「価値も義歯も知らぬ。だが、口を他人の覗かれるのは騎士としてのユニコーンの誇りが傷つく」

「そうですか」

 でも、いいじゃないか。

 悲壮な犠牲者気分だったフラカラが自分でハリスから外出するくらいには強気が戻ってさ。


「少し走るぞ」

「じゃあ、さっきのは走りではないんですか?」

「////たわけ////」

 返事の前にピンポンダッシュ。だから、口を動かす会話じゃなくてテレパシーに変換する。


「其方は一角獣の本気を知らぬのだ」

「あ、すげーー」

 羽根が生えて空飛ぶ設定もある一角獣、ユニコーンだ。体調も上向き、体力気力も回復したら、そりゃ速いのなんの。


「////ペンティンスカ//余はまだ背中を空けぬ////」

 つまり。

「おじいちゃん、ガンバルぞ、と」

 フラカラの回復と瘴気の消失はハリス家にとってはペンことペンティンスカの結婚に並んでお目出度いイベントになる。


「あいやーーお医者様」「ありがてえ」「あの気難しがり屋をよくもまあ」


「あの一角獣ひとどんだけワガママなんだ?」

 そこは気になっていた洋次だった。




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