158 不安が的中したな
「そうか。不安が的中したな」
集団脅迫から一晩明けた。
「夜更け胸騒ぎがしたのだが、狼男たちが『でるな』と申すのでな」
「へぇそれは褒めるべきなんだろうな」
「自分が締め出されてよく冷静でいられるな」
「だってシロアリだろ。あの集団で穴掘られたらサラージュ城がアブないじゃないか」
「成る程な。稀人の地位はダテではない模様」
「だからさ、ダテとかニホン語詳しいですね、キコロー取締官。ところで不安の的中って何です?」
「ああ。稀人は知る由もないが、シロアリ人の寿命はどれくらいがご存知かな?」
とまあ、またまた襟をイジっているキコロー。
「さあて。中世風のオルキアだから、五十年くらいかな?」
「時代背景を考慮したのは流石だが、惜しいな。平均で三十年だ。これは身分性別を問わない」
「へぇ。それって短いのかな」
「ヒトと比べれば短いが、昆虫とそして多種昆虫人と比べたら長いと説明しよう」
頷いた洋次。
「で、先日説明したが、現在のテミータ公王陛下は在位十年」
「あ、それなら覚えている」
「そうだ。当たり前だが公王陛下は産後即位した訳ではない」
「そう、それで?」
あ、イヤな眉の動きだ。バカにされたな。
「わからぬか。寿命としては、後半なのだよ。現公王は」
「え?」
寿命が尽きかけている王様。彼の治療を牽制するシロアリ。
「ニンゲンも同じだが、簡単な構図だ。現政権の継続を願う派閥と新公王の即位を願う派閥、勢力が対立している」
「じゃあ、私は?」
「単刀直入に行こう。シロアリの派閥争いに巻き込まれた。下手を撃つと身を滅ぼしかねない危険な場面に直面している」
「あ、あの」
「これは推測だが」
「なんだよ、イヤな間を開けないでください」
「治療を断っても信用問題を含めて厄介。治療したら副王派からの攻撃の対象」
「副王? 王子様とか皇太子派じゃなくて?」
全然シロアリ公国の構成を知らない洋次だ。
「シロアリはな、ハチやヒューマン系と違って王と女王はそれほど権力差はない。そして王女王ともに王や女王がその任務を果たせなくなった時は副王や副女王が次期王女王に就任する。厳密な身分格差のない社会性を形成している生物なのだ。そして、テミータ公国も、シロアリのそれに倣っている」
「じゃあ順番待ちしてるなら、副王一派じゃない可能性もあるんじゃ?」
「その予想は否定しない。何れにしても洋次。貴殿の立場は途方も無く危うい」
「そんな」
「余が準閣僚席または枢密院準議員と説明したな?」
「そうだった、かな?」
「したぞ、確か。それで、当然王国内のそれなりの地位に従って余にもそこそこの情報網がある、公認でな」
「それはそれは、でいいのかな?」
「だが、シロアリ人は南下しているらしい情報はあったのだが、サラージュは王国西南。これは驚いた」
「私はシロアリが平然とヒューマンとヒューマン語で会話しているほうが驚きだけど」
あれ、笑った?
キコローは一度だけ手をパンと合わせた。そして口元が緩んでいた。
「成る程サラージュ、オルキアの常識はニホンの非常識だな。それで、結論としては、現公王派か継承者派。どちらかが完全に勝利しなければ洋次。汝の身は危ういぞ」
「そうなんですか」
頬杖にため息。あんた、おっさんか。
「サラージュやカミーラ、メアリーたちに迷惑をかけなければいいけど、私は移動したほうがいいんだろうか」
「『モンスターの歯医者さん』の利権は欲しいが、テミータの内紛は御免だが各地方の領主の本音だろうな」
「そこなんですよ。それにカミーラの牙を解決してないし」
ため息をついてから、一言。
「しかし、土台でも齧るのかな」
「イキナリどうした?」
「いや、私を脅したシロアリ人。この尖塔を十秒で倒すと脅迫したから」
「ああ、それか。この尖塔は成る程現在は石を積み重ねておるが」
空っぽの塔内を見上げるキコロー。
「元々は蟻塚の周囲を取り巻いたものだ。そうすると建設がとてもラクなんだそうだ」
「蟻塚? そうか、シロアリをニンゲンサイズに拡大したら、蟻塚も尖塔の高さなんだ」
「正直建築は素人だから、最初から石を積み上げるのと蟻塚の周囲を石で囲う手法。どちらが手早くて安上がりなのかは不明だが、シロアリ人の蟻塚を利用した建造物はオルキアでは珍しくない」
でも足場を組む必要が減る分くらいは安はや上がりではある。
そこから先の厳密な計算は、専門職にお任せしよう。
「だから十秒で、か」
「そうだ」
「ところで取締官としては、どっち派押しなんです?」
「何だ、押しとは? 現公王の背中を押しても、どうにもならぬぞ」
「あ、そこはご存知ない? 王国の偉い人としては支持派閥はあるんですか?」
「ない。正直シロアリが我が物顔で王国の地下に蔓延るは不愉快だ」
そして襟を正す。
「可能な限り結論を出します。私はサラージュの稀人ですから」
「そう願いたい」
これで本日のお話し合いは終了。




