157 モンスターの歯医者さんに診療するな、と命ずる
「ふう。半分くらい強制的に忘れていたお偉いさんが来訪とはね」
「大丈夫ですか、洋次。その」
足早だけど、ぽつねんと放置されているヴァン一式が気がかりなコダチ。父親のランスよりも柔和な正確なんだろうな。
「いや、これでも急いでいるんだけど」
まだまだ未熟な洋次の乗馬。駆け足のコダチに並ばれてしまっているのだ。
「放て置くが良策。あの手は気難しくて我が儘が相場だ」
「へぇ。おっさんにも苦手があるんだね」
「だからホーロー」
まるで無差別の競歩大会。色々面倒なヴァンから離脱しようと急いでコンパスを動かしているチームモンスターの歯医者さんたちだ。
「でもアンねーーー。気前がいいからヴァンすきだよーー」
「あらーーアンちゃん、第二側室になるーー?」
「だからお前は子供にナニ教えてんだよ」
食べ物屋の娘、アンだけは上客なヴァンの支持者。でも発言力はゼロに等しい。
「で、このままどうすんのさ? まさか、早足で家まで歩くの、目的なしに?」
「本官は取締官の責務。サラージュの巡回でも致そうかと」
「あーー。西の尖塔に戻ったらヴァンの標的だもんね」
「鋭い指摘は時として命取りだよ、乙女」
「私は」
一度だけ振り返った洋次。
「最後の消毒と入れ歯装着の予行演習でフラカラ卿のところに行こうかな」
無意識の思いつきが、とてもいいアイデアだと確信した洋次だった。
「さて。フラカラの消毒は順調、さすが神話の動物」
ハリスの使用人たちが洋次の指示を間違えていない証拠でもあり、家畜の扱いの面では馬丁などが格上だと露呈してもいる。
「ともかく、これでハリス側の都合次第で入れ歯を完成させられるぞ」
サラージュ城が見えてきた。
もう薄暗くなった道でも自分の間借りしている尖塔の影は鮮やかに映っている。
「おーーい、バンシー」
洋次は自前のハトやメアリーなどに連絡する手段はない。
でも正門が閉じても通用口を開けてくれる手助けがいる。それが風の精霊の幼生体なバンシーやコチたちだ。
「あれ?」
扉が開く気配がない。閂や施錠が解かれる音もしない。
「どうしたのかな?」
精霊たちで遊びに夢中なんだろうか。
「すみませーーん。ロボでもカランボーでもーー」
カミーラとワルキュラ家に仕える狼男たちを呼んでも無反応。
「困ったな」
少し時間をズラせばバンシーたちが通用口近くに飛んで来るだろうか。
「まだニコのお店」
振り返った刹那。下馬、つまり馬から降りたのか滑り落ちたか。
「だ、誰だ」
全身黒ずくめの人物。性別年齢や洋次の背後を奪っていた理由は不明。
「//まれびと//モンスターの//は//はいしゃ//だな」
なんだろう。そう機械の合成音みたいな声だった。
「だから誰だ」
護身刀、っーか棒を抜いて構える。
「//そうか//しかたない//」
黒が減って白になる。そう、フードを外したんだ。
「シロアリ」
「この我が身を目撃してまで、斯様な侮蔑を犯すか」
「え?」
強く踏み込んだシロアリ人。見覚えナシ。
「我らはテミータ人。シロアリ人は無礼である」
テミータ公国のテミータ人。間違いやウソはないね。
「そうですか」
ちょっと悩んだけど、護身刀を鞘に戻す。
「突き詰めれば貴様が消滅すれば良いのだが」
「お、おい。穏やかじゃないな」
そうだ。前触れなく背後をとっていたじゃないか。
「後日役に立つことは証明されたからな。話しをしたい。良いな」
「そりゃもう話しで終了したなら」
不意打ちとか話し方とかマジだと好感度はなくて、ヘイト値ばかりなんだ。でも。
「ところで、お連れさんたちなんですけど」
こ・い・つ・と違って衣装をつけていない、まんま巨大化シロアリが大勢。実際団体過ぎて数えたくないほどだ。
「こちらがどれだけ正当であるか、そして本気であるかを示すためのほんの戯言だ。まあ適度に驚け」
サラージュ城外に、どれだけシロアリトンネルを掘り進んだんだろう。もうシロアリ人だかテミータ人、どっちでもいいけど千単位でご登場しているし、増加中のようだ。
「あ。もしかしてバンシーたちが開門しなかったのは?」
「バンシー? 小間使い如きなら我らが勇姿、恐れ慄き震えているだろうよ」
「へぇ。随分と好戦的なんですね」
「ふざけたことを申すな。こちらは平和理な解決を期待しているからこそ、こうして地下を歩んで姿を晒しているのだ」
「そうですか。で、段々日も暮れましたから、ご要件は? 診察なら明日早朝に」
「それを辞めて貰いたい」
「へぇ。医者に」
高校生のニセ医者だけど。
「モンスターの歯医者さんに診療するな、と? ところで御芳名も知らない患者様を何とお呼びすればいいんでしょうか?」
「呼ぶ必要はない。お前に求めているのは同意だけだ」
「正体も不確かな相手を信用しろ、と?」
「そうだ。特に傷んだ歯を治すのは今後共ともナシにして欲しい」
「でも、治療の予約も受け付けましたし、色々準備してるし」
「つまり金を求めているのだな。安心せい」
正体不明の自称テミータ人の手先──それが、少し先割れしているけど、〝まんま〟シロアリの手足なんだ──が光った。そして金属音。
「小粒だが金貨、五枚だ。下準備と診療のお断り」
「キャンセルかい?」
相手が不明だか地で話している洋次。オルキアではみなし貴族の身分。
「そんな表現か、それで納得するなら、それでいい」
「あのねぇ」
また、頭を掻いている洋次。こうなるとコンラッドやキコローの襟を正す癖と同列になる。
「因みに、お前が診察をした尖塔だが」
「まだお喋りしたいですか、ご自分勝手ですね」
「我らが本気を出せば、十数えるヒマなく崩れると覚えよ。これは警告だ。そしてエサは与えている。お前の選択はもう一つしかない、だろう?」
「さあて」
「稀人が愚かではないと期待しよう。なにしろお前の巣は、かつての我らテミータ人の巣だったのだからな」
「え? 蟻塚?」
「さて、そんな名前だったか。では、もうお前のブス面を我慢する必要がないだけ気分がいいぞ」
「いいたい放題だな」
不愉快な捨てゼリフを残して、またぞろとご帰還するシロアリ人たち。
「なんだよ」
シロアリ人の気配が消えてから通用口が開いて、バンシーがズボンを引っ張っても無反応のまま、暗闇を眺めていた。
「なんだよ」
そしてロボの脇に挟まれてご帰還しました。




