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156 閉会ガラガラ


 シロアリ人の衝撃に比べれば、なんて日常的な光景なんだろう。イヌ頭なんて、被り物だろ、そんな風に言ってしまいたくなってしまう。

 外出が増えたから、馬車も随分目撃してるし。


「私を放置しないでくださいーーー」

「ええっと?」

 ダーダー大泣きのイヌ頭。


「おや、イトじゃん。生きてた?」

「だから、お前はいい加減にしろ。ホーロー」

 イト? 何だったか、微量な記録記憶があったような。


「服屋生地屋のイトです、まれびとさまあーーーー」

「ああ」

 一度無理やりメアリーにナースコス着せる原因を作った服屋さんだった。


「服屋生地屋も参加させて頂きたかったですーーー」

 だから大泣きしているミスター・イト。イヌ頭の外見だとコボルド族と間違えそうだけど、ウェアドックだそうだ。ウェアウルフの犬版。


「殿下。お初にお目見え致します」

 王国取締官が拝礼するご身分が乗車している馬車。となると?


「サラージュの取締官か。由なに」

 高位のご身分のやり取りも省略形。


「全く、この城と塔は管理が為っておらぬぞ」

「あ、ヴァン。お久しぶりです」

 サラージュの北部と境界を接しているモクム伯領の次期当主、ヴァン殿下だ。


「いや、逆にどうやって入城したのですか? 奉仕の日でもないと城門は閉じていますけど」

「だからである。と言うかゼンゼン久しぶりではないぞ。数日前も余は洋次と接見しておる」

「そうでしたか? 全然そんな記憶ありませんけど」

「余が馬車越しに合図したが、其方そなたは素通りした故な」

「いつすれ違いました?」

「んーー。よく覚えておらぬが、余がサラージュ城門の真下に停車しておった。洋次は、サラージュの町に入る寸前のようであったが」

 距離にして数キロあるぞ。

 過疎っているサラージュの視界良好でも、キロ単位の距離があるんじゃわかるわけない。


「そりゃ気づきませんよ」

 視界にナニか写ったら誰でも挨拶すると思っいるのか、この坊ちゃんは。


「それでな、城外で大泣きしておる、この?」

「イトさんです」

「そんな名だったかな。で、余の馬車の下僕扱いで入城したのだ。城門は、ナゼか自動で開いた」

「あーーー、それねーーー」

 とことこと小走りに近寄るアン。すっかりチームモンスターの歯医者さんの一員になっている。


「ヴァン閣下は御贔屓だったから、アンが開けたよーーー」

 アンの顔パス。それは、ホントウはいけないんじゃないのか?


「でもホントウはイジが開けたの。イジは力持ちだねーーー」

 城門は、強大な鎖で開閉する。大仕事だけどフンババ巨人族にはそれほどの労力でもないんだろう。


「その分大飯食らいだ、じゃないよ、アン」

「えーー、なあにーー?」

「ええっと」

「つまりだな。童女。貴族の次期当主が城門を潜るのはそれなりの手続きが」

 洋次やキコローがたしなめ、つまりアンの作法違反を軽く注意しようとして、でもそれってムダだと自覚した。


「ま、なんですね。ヴァンも公式訪問じゃないでしょうし」

「ふむ。昨今、サラージュは〝ちゃかい〟が盛んの模様」

「そうですね。そ・れ・で行きましょう」

 大人の事情、処理完了。


「それで、ヴァン殿下」

「やや。稀人であっても余の力を借りたいか。ならば仕方あるまい」

「いや、話し合い終わったんですけど」

「だからモクムの次期当主であり、カミーラの良人おっとになるべき余。余?」

「だから、今日は閉会です」

 ポカンと口を開けたヴァン。少し離れて二本線で泣きが入っているイト。


「終わった?」

「はい」


 お坊ちゃんだけど虫歯の心配はないヴァンに影がさす。二メートル越えのキコローが接近して出来た影だった。


「モクム次期当主、ヴァン殿下で在らせられますか。本官は王国取締官キコロー。王命により、サラージュに派遣されました故、由なに」

「お、着任大儀であるが」

「「が?」」

 あたりをキョロキョロするヴァン。


「余の知恵と力は不要なのか?」

「シロアリ人との対策をご存知ですか?」

「知らん」きっぱり役立たず宣言。

「では、皆ご苦労様でした」

 閉会ガラガラ。


「おおお、おい。余と正規に対面するは久しいのに、何だ、その他人行儀な」

「だって取り敢えず意見はネタ切れしましたし」

「おい、洋次」

「えーーっと、バンシー! コチ!」

 ひゅぅぅっと一陣の風。この寒気は北風バンシーだ。


「メアリーにヴァンが来たって伝えて欲しいんだ」

 ふっ。バンシーの明瞭な同意はなかったけど、肌寒さが薄れたから、メアリーのもとに飛んでいったんだろう。


「おい洋次」

「殿下には見えなくても、風の精霊が伝言しますから、お待ちください。ヤボ用が溜まってますので失礼致します」

「あのなぁ洋次」

「殿下の」

 もう城外に移動を開始している洋次。

「第一側室候補者のメアリーを介さないと妃候補のカミーラに面会叶いませんよ。大人しく待機してください。それでは忙しいので、これで」

 あーー。なんとか適当にあしらえただろうか。貴族の子弟に対する非礼を犯さないで。


「あ、ああ」

 目的地はバラバラだけど洋次、キコローを先頭にコダチ、ホーロー、レーム、イジ、アンと持ち場に戻ってゆく。

 そして諦めたように無言でイトが帰宅すると、ヴァンと次期伯爵を乗せていた馬車だけが尖塔付近に取り残されていた。


「おい」


 まだバンシーの伝言を受けたメアリーのリアクションはない。



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