155 官吏の戯言だ。聞き流せ
「いや、それは」
「一人、シロアリ公王のために平民シロアリを殺すか。斯様な心配は無用だよ、乙女」
例によって襟を整えながらナゼか立ち上がるキコロー。
「テミータ公国の臣民シロアリは推定五百万人」
シロアリを人数計算していいなら。
「うわっつ。そんなに」
江戸っ子みたいなホーローだけど、虫は嫌いらしい。
「だから、洋次にくっつくなよ」
その。肌の感覚が悪くないから困ってます。
「毎年万単位で臣民が卒しておろ。ならば入手は容易だと断言する。シロアリ人はヒューマン系の中でも遺体には特別敬意や畏怖の念は持ち合わせておらぬ。そこは〝ムシ〟に近しい感覚のようだ」
「そうか。じゃあアジュタントに頼むか」
「そうそう」
で、貴方何回襟を直すんだ?
「アジュタントは準男爵の身分だ。くれぐれも応対に粗相なきように。稀人やサラージュ令嬢に類及ばさぬようにな」
「「「準男爵?」」」
公国の家令だから、偉い人だろう。でも想定以上に偉かった。
「だってムシだよ、シロアリだよ」
「だからだよ」
ものすごーーーく目を細めたキコロー。
「先々代のオルキア王は、即位の際大乱を平定して漸く王冠を頭上に輝かせた」
「まあな」
唯一反応したのは、この場での最年長レーム。
「一時期劣勢だった先々代を支援したのは当時はモンスター扱いされていた吸血族やシロアリ人だったのだ。おかげで形勢を逆転した」
「ふん」
これから展開するキコローのオルキア小史に反論して封じ込めを図るレーム。
「その当時からワルキュラ家は既に地方貴族の身分。決して成り上がりではない。ただ、物事の筋道を正すためにワルキュラ伯爵家の御初代がオルキア王に援軍した功績から伯爵に叙任されたんだ」
「そう、でしたな」
閉じたのかと疑うほど細い王国取締官の目。
「アジュタント家も数代前が決死隊の部隊長として活躍したとか。シロアリトンネルを駆使してな」
「そうだったんだ」
「しかし皮肉なものだ。シロアリトンネルで開かれた現オルキア王国はシロアリトンネルを否定する一派が主流になっておる」
「だから活用しきれてないんだ」
この辺は洋次とキコロー取締官の二人劇場。
「そうなるな。現テミータ公王陛下は御即位十年目か」
「なんですか」
話しとしては脈絡がない。
「いや、官吏の戯言だ。聞き流せ」
襟に手を触れているのはいつも通りだった。でも、スピードが鈍足だ。この点を洋次は留意すべきだったのだろう。
「取り敢えず本日は散会としよう」
一同で最上位のキコローの発言力は絶大だ。洋次も抵抗しなかったから、ゾロゾロと立ち上がる、チームモンスターの歯医者さん。
「じゃ、洋次。私のベットでお酒でも飲む?」
それって?
「だからーー。洋次卿がハイと答えないと知っててフザけてるだろ、お前」
「どうかなーー。ねーーー洋次」
もう好きにしてくれ。
「睦言は放て置くぞ。失礼する」
身長二メーター級の取締官閣下でも腰を曲げないで出入りが可能な不思議な通用口だ。
「やや」
尖塔から外部に踏み込んだ途端、キコローの足が止まった。
「洋次」
「どうしました」
まだガヤガヤ口喧嘩してるコダチたちをすり抜けて塔外に駆け出す。
「あ」
洋次は見た。
見たけど、この人誰だっけ。
それと、あの馬車は。
「ようじーーーーー」




