152 スタッフ会議
「それでは、公王陛下は外的要因だけですね。歯が痛んでいるのは」
『謁見の間』からゾロゾロ移動。治療は洋次の東尖塔で実施された。そして診察相手が公王と公国の重鎮たちばかりだから、メアリーも尖塔に同行。助手を務めてもらいます。この点だけは、昆虫人ありがとーー、ばんざーーい。
「如何にも」
あーー。貴族会話めんどくせーーー。
「それでは、接着をする対処になりますけど、それで宜しいですね?」
早く処理をしないと団体のシロアリを捌けないのだ。
「苦しゅうない」
「『歯を接着の必要』、と」
カルテに書き込んだけど、さて。シロアリ用の義歯なんて、ないぞ。
「して、如何様な治療をなさるか? 現在会話をしたのみであるが。稀人は叫べば治療叶うのかな?」
アジュタント卿の細かいツッコミが飛ぶ。
なんでも主席長官補佐官、準男爵の地位にある。みなし貴族の洋次とは二段階から三段階の身分格差があるのだ。
「いえ、これから治療法や治療薬などを検討する必要がありまして」
「ふむ。基本大木や地中に在る我が公国であるが」
「はい」
えーーっと、色んなシロアリ公国の設定を長々と拝聴しなきゃならないんだろうか。
「『モンスターの歯医者さん』が大陸初のお目見えである情報は確保しておる」
「そりゃどうも」
そしてメアリーから、今度は後頭部にエアアローが一発。手加減しているようで実ダメージはほぼゼロなんですけど、タイミングがイイツッコミだから意外とリアクションしちゃう。
「おや、前のめりになられたが、大丈夫かな?」
あんたも一々解説せんでいいから。
「では話しを戻そう。『はいしゃ』なる存在がもっともっと太古より誕生しておれば、あの忌々しき殺人土竜に度々苦杯を嘗める事も免れ、貴重な人材や家族を失う悲劇もなく、涙も枯れ果てていたことであろう」
「枯れ果て、ですか」
確か泣きはらした形容だけど、それだけオルキアとニホン語では修飾語とか形容も違うらしい。
「ですから、是非ゼヒお頼み申し上げますぞ、洋次卿」
「まぁ急ぎますけど」
オルキアよりは若干医学が進んでいる日本でも歯専科の獣医はいなかったかも知れない。
まして、昆虫のお医者さんは、いただろうか──魚や蛙などはいたけど。
それは、需要が最大の障害でもあるけど、昆虫の寿命にも関係しているハズだ。
「昆虫人かぁ」
そもそも昆虫人のシロアリ人のデーターがない。
「ところで、これ」
一抹の不安はあったけど、あるアイデアがあった。
「おや、いわゆる〝おつまみ〟ですな。承知しておりますぞ」
「あ、あああああ」
やる気のないデータ入力のモデルみたいな洋次のつぶやき。
まだ造形とか作業が残っているけど、オオトカゲのイグや一角獣のフラカラに使用予定の義歯の破片。つまり黄楊の断片を提示。
「硬い木材なのに」
「ふむ。まずまずの歯触りですが、これが治療との因果関係は?」
「おお、あり、だったんですけど」
義歯として試したかった黄楊をパクつかれてしまいました。
「やや。オオアリクとは、まさかオオアリクイのことではないですかな。キラーモールとオオアリクイ。いずれ劣らず我らの天敵でありますぞ」
もおダジャレはいいから。
「そうか。ニホン人には、お餅の入れ歯に相当するんだな」
黄楊で巨大シロアリの義歯を作成する計画は一瞬で消し飛びました。
「スタッフと協議しますから、お待ちください。あの、連絡は?」
「おや」
もしかして、コイツモノを知らなすぎるって顔? シロアリの一挙一動から空気なんて読めないんですけど。
「サラージュに繋げたトンネルから、大声で叫んでくだされば届きます故」
「あ、伝声管の役割もあるんだ。すごいぞ異世界」
「さて。我らには日常の動作故、当たり前に過ごしておりれますが、稀人卿には驚きの模様」
「そりゃあ驚きますよ」
ひょっとして、携帯電話不要じゃね? オルキア王国。
「それでは、本日はこれで一旦終了と解釈して宜しいですかな」
「宜しいですし、ゼヒそうしてください」
また、メアリーがミニミニのエアアロー。爪楊枝サイズの空気鉄砲をイメージしてね。
帰路。
何にしても自力で連絡トンネルを貫通してしまうシロアリ人のテミータ公国。所々凶暴じゃね? って疑問もあるけど、一応貴族。お見送りするメアリーは、テミータの皆さんと一緒に尖塔からご退出しました。
残された洋次。
「ふぅ」
これまでの微量の経験値とチキュウでの知識。それを総合しても困難な患畜、患者が襲来したものだ。
「『モンスターの歯医者さん』だもんな、私は」
でも。
「一つ目巨人とかドラゴンは想定したんだけどなーー。まさか昆虫はなーー」
まさか昆虫人が患者に。それも対話交流は可能でも、肝心の患部、歯は昆虫寄りだった。
「昆虫アニメとか、昆虫人キャラってあったけどさ」
ほとんどは一話のゲストキャラか敵キャラ。怪我をしたシーンはほとんどないし、食事や治療も人化。人を治療するようなシーンだった覚えがある。
「つまり、昆虫人の歯医者すら初登場?」
イキナリ前途多難になってしまった洋次だった。でも稀人、自称モンスターの歯医者さんだ。吸血族やライジン族もモンスターなら、昆虫人もモンスターとして受け入れなければならない。
「黄楊の義歯が使えないとなると」
ともかく三人寄れば文殊の知恵だ。
「スタッフ会議、だな。あーーー」
鍛冶屋見習いのコダチ。細工師のホーロー。まだまだ駒が足りない。
「キコロー卿に木工職人にもご出馬願いますか」
ナゼ、天膳|《料理人》のアンが入っていないのか。それは洋次も気づいていなかった。




