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151 失敗するなよと警告されました


「ほほう」

「あーー。それ、フクロウ人の声だったほうが、マシだよ」

 フクロウ人──ウェアシリーズで某古典テーブルトーク系のロープレのモンスターとして、ちゃんと確立しているのだ。


「言うな、取締官に対して」

 つまり引越しや殺到した事務手続きが一段落しておヒマになったキコロー卿のツッコミだ。


「もう最近、卿だの令嬢だの。とうとうシロアリ人ですよ」

「仕方あるまい。貴殿は正式にオルキア王国から認定されし稀人。付き合いも必然と貴族や高位の人種になる」

「高位ねぇ」

 ランスやニコとの接触が高位なお付き合いとは思えない洋次だった。


「それで、シロアリが武力衝突に陥っている件も、公王陛下が歯を悪くするなど初耳だが」

「正直、昆虫人インセクターが初対面だから。本人と面談してないんでナントも」

「左様か。しかし、シロアリのアレは、歯ではなくて牙ではないのか?」

「わたしのチキュウの知識でも、昆虫はカルシウムの歯じゃないだけどね。役割的に歯と呼称するしかないんですよ」

「成る程」

 洋次は尖塔室内で立っている。そして王国取締官のキコローに椅子を勧めて着席してもらっている構図だ。


「ふむ。メアリーも煎じ茶の挿れ方が上手になったものだ」

「なんだよ。さっきから飲んでいるの、お茶じゃなかったのか?」

「左様」

 キコローのリクエストだろうか、紺色ベースで六角形のテーカップを優雅に口元に運んでいるキコロー。


「メアリーは説明しなかったのか。無理もない。貴殿、つまりチキュウで区分する〝ちゃ〟なる植物は、オルキアでは基本エルフの森にしか生えておらぬ」

「え? 確かにお茶について語りたくなかった雰囲気あったけど」

「稀人。当然、洋次よりもずっとずっと昔の稀人の嗜好だったのか、バナト大陸で茶の大ブームが渦巻いた事件があった。そう事件だ。なにしろ茶の葉一枚が銅貨一枚。木の葉の値段としては異常だ」

「そうだな。銅貨の価値が私にはイマイチだけど」

 お茶じゃない、飲み物を飲み干したキコロー。


「そこで茶を求めて、利権を求めてエルフとヒューマンで小競り合いが勃発。茶を奪われた、正確には茶が自生している森を奪われたエルフは多く町に下がった。これが町エルフの由来だ」

「小競り合い」

 何となく推測してしまう。それって小じゃなくて、内戦とか戦争だったんじゃないかって。


「だから町エルフは、不名誉なのだよ。ヒューマンには媚を売った敗北者。エルフにとっては抵抗を諦めた裏切り者だと」

「エルフのステレオタイプ、真実トゥルーエルフには、そんな意味があったのか。でも小競り合いに負けたのは仕方ないだろ。それを裏切りだなんて」

「尖るなと重々申しておるだろう。メアリーは、しっかりと歩んでいる。例え町エルフでもな。これは」

「襟、擦り切れないのか?」

 襟だけじゃなくて、姿勢も整えたキコロー。


「取締官ではなくて、兄弟子としての願いだ」

「頭、下げるのか?」

「ああ、そうだ。あの子が、メアリーが主人として仕えるワルキュラの稀人にも、しっかりして欲しいものだよ。気持ちはわかるが、細かいことに一々尖るな」

「まぁ、その」

 重苦しい(ハード)な物語の後だから、言葉に詰まる。


「だから、シロアリ人の治療をしかと頼むぞ」

 失敗するなよと警告されました。




 害虫として扱われるシロアリは、知名度の割にはかなり生態などが間違われている昆虫だろう。


「洋次卿。こちらは、我が君。テミータ公王、ファータ陛下であらされる」

「由なに」

 シロアリだ。アジュタント卿だけじゃなくて、二本足で直立していても、全身白くてもやはりシロアリだ。


「並びに」

 シロアリは、〝アリ〟ではあるけど、ハチ目である。真社会性と言われる集団の形成や女王が存在するけど、当然ハチとは異なる点も数多い。


「こちらはティネリ殿下。公王陛下の御伴侶で在らせられる」

 ハチは女王の相手──まぁマジ話しだけど交尾相手なんだけど──は、行動の制限を架せられている。手足をモガれ羽根を奪われ、種付けだけのために生存している。

 でもシロアリは、王シロアリは、それなりに活動を継続している。例外種もあるかも知れないけど、基本はシロアリは常時行動をしていて、働くだけ、卵を産むだけの人生ではない。


「洋次卿。直答苦しゅうない」

 直答。高貴なご身分と直接対話の許可です。以前も解説しましたけど。


「さらに」

 ハチは女王ハチが精液をためるので、王こと牡の必要期間は極短期間。でもシロアリは王と女王だけじゃなく、副王と副女王が継続的に就任している。ハチの牡は、基本受精の時しか存在価値はないけど、シロアリは違う。

 だから、人化、ニンゲン的な社会と関係を構築できるのは、シロアリ人、シロアリ族になる。これが公王の地位を獲得している背景にあると断言しても過言じゃない。


「大勢でよ、ようこそ」

 引きつった笑いいで握手を交わしている洋次は、後方に控えている吸血族の貴族令嬢のカミーラ。その侍女でもありメイドでもあり、家令補佐のメアリーが平然としている様子にビックリしている。


(昆虫は女の子、苦手じゃないんだ)


 これも洋次の認識不足。

 森に産まれ森に棲むエルフにとって、シロアリはご近所さんの立ち位置になる。なにか不幸でもなければ対立はない。

 カミーラも、公爵公国としてのシロアリ国。正式にはテミータ公に礼節をもって対応している。貴族の場合、挨拶時の手の甲のキス程度の接触を除いては距離が保たれることが、まだ少女のセカイに属しているカミーラをパニくりから回避しているのだった。


 公王夫妻、副王、副女王以下の公国としての錚々たるとメンバーを紹介され挨拶の儀式を耐える。ある意味我慢比べ大会が展開された。


「それでは、そのどなたをどのように治療するんでしょうか? 見た目ではその、昆虫人インセクターのお身体に疎いものですから」

「おお。これは迂闊であった」

 昆虫人は、巨大化したシロアリではない。そこそこに人化、ややシロアリらしくない側面もある。


 でも。


「それから、歯をガチガチするのは、その治療でなければ控えて頂けると幸いです」

 巨大化した分、粉砕じゃないけど洋次の頭蓋骨に一撃で風穴を貫通できる歯が動いていることだ。


「おや、なにか不都合でも」

 昆虫人にとっては、喋るために口を動かしているだけだ。でも怖い。


「いえ、そのなんというか。ねぇアジュタント卿」

 純粋に怖いんです。


「では、我が君より初めて頂けますかな」

 真社会性昆虫では、基本的に女性上位らしい。我が君と呼ばれて会釈したのは女王シロアリだった。だから、厳密には王様シロアリじゃない。


(ああ、さっき殿下って紹介したよな。そーいうことか)

 と脳内で勝手解決した洋次だった。


「ああ、女王陛下からですか。あの先程ご挨拶しましたけど、幾つかご質問を」

「我が君に代わり、治療の質疑許可しましょう」

「とても助かります。アジュタント卿」

 とても助かっています。背中が汗ビッショリ濡れているくらい。



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