150 ため息もつけない
「では、本題をお願いします」
「やや。オルキア卿はご多忙の模様」
「卿の御前で些か心穏やかならぬ故。御配慮感激至極でありますと我が主に……」
貴族会話はメアリー家令補佐にお任せタイムだ。
「では、『モンスターの歯医者さん』卿」
「あーー」
二重敬語か、もしくは誤用だろ、それ。
「昆虫人をご存知ないとなると。さて困ったものであるが。家令補佐嬢?」
首を傾けるアジュタント卿。
「では洋次宜しいですか」
はーーいメアリー先生のお時間、第二弾に突入しました。
「アジュタント卿は、オルキア王国内に唯一公認された国内の公国の主席長官補佐官のお一人であらせられます」
「公国?」
チキュウではリヒテンシュタインとか、ジ×ンとかが、公国。大公国とか侯国のバージョンもあるんだそうだ。
「左様。尚且つ、我が君、テミータ家は唯一定住を致さぬ家系でもあります」
「シロアリだから?」
「おお」
オーバーリアクションは、オルキアの高級公務員の共通ランゲージなんか?
「稀人卿のセカイでは、斯様な物言いをなさるか」
「あ、そこ。怒らないんだ」
ウッカリ、害虫呼ばわりしたんだけど。
「異世界の風習や言語に揚げ足を取るほど我らは狭い了見に非ず」
「〝あらず〟お好きですねぇ」
ここで、メアリーの肘鉄が脇腹に決まる。
「我々は、オルキア国内を形式的には自由に。実際は土地々々の領主と連絡を取り合って移動しております」
「あーー。食べ尽くして砂漠化はしないんだ。素晴しいですね」
「稀人が賜りし祝辞の弁、我が君に成り代わり感激に打ち震えております」
「そりゃどうも」
そこまで盛るのが貴族会話なんだな。
「で、今回ワルキュラに穴掘っていらした、と。歯の治療のために?」
「半分は正解です。たまたま、オルキア南西部を進行する予定でして」
「ああ、そうですか」
お話しが脱線したとメアリーが咳払いならぬ、ワンピの裾を払って合図。
「しかし、『モンスターの歯医者さん』ではありますけど」
昆虫までは想定していなかった。
昆虫人、昆虫ってそりゃ間違いなくモンスターなんだけど。
「では、シロアリのテミータ公国主席長官補佐官として、たっての願いで御座います。何卒、我が願いを聞き届けられんことを」
「個人的に拒否る予定はないのですけど」
「おお」
「あの、帽子がズレましたけど」
触覚が、白アホ毛みたいに露出します。
「これは迂闊。では、これで」
また、数ミリ角度を換えた帽子。ホント、この傾斜で感情が揺れ動くのが異世界オルキア人なんだろうか。
「我が国、我が君の寿命は尽きようとしておりまする」
「公王陛下が? まだお若いはずなのに、なんとお労しい」
腕を前に組み深々と頭を垂れるメアリー。
「そこで、新公王を選出する必要があるのですか?」
「いえ」
きっぱりと背中に垂れ幕を背負ったアジュタント卿のバッサリ返す刀。
「それ以前の問題であります。我がシロアリのテミータ公国の国土。もっとも貴殿等には〝トンネル〟と見比べが困難でありましょうが」
「そうでしょうねぇ。んぐっ」
メアリーの二発目の肘鉄。
「おや、お身体の具合でも?」
「いえ、続けてください」
「我々テミータ家の国土を侵犯し、更に非道にも公国民を食い殺す忌々しいモグラとの対決に勝利せんための手立てを願いたいのです」
「モグラ?」
「おや、稀人卿は、殺人土竜をご存知ないと?」
「まあモグラの穴で転んで怪我しても死ぬことはないですね、地元では」
「それは幸いな。ですが、テミータ家は、キラーモールとの対決は不可避です」
「成る程。でも、人海戦術で倒せないんですか?」
「なんと」
これは、軍隊アリがシロアリにも存在していると洋次が誤認している失言なんだ。
「洋次卿。テミータ家には騎士団は少数しか在籍しておりません。人海戦術は、国家消失の愚策存亡であります」
柱を食い潰すインパクトで、そこそこ戦闘力があると勘違いされるシロアリ。
でも、実際のほとんどのシロアリは倒木など、〝死んでいる・動かない〟対象がエサなんだな。だから、兵隊を擁するアリと比べても、もの凄く平和的な生物と言うワケ。
これもオルキアの昆虫人のシロアリ人がチキュウのシロアリと性質が同じならばの設定なんだけど。
「それで、どうしろと?」
「我が君の歯を治療して、更に来るキラーモールとの再戦に備えて頂きたい」
ここで、適当な効果音を口ずさんで欲しい。
ってか、歌でも歌いたい気分だった。
「まぁシロアリ男が出現したから、モンスターの歯医者さんの目の前に。そんな依頼だと予想してはいましたけどね」
じろり。ギラギラ。またじろり。メアリーからの、お仕事断るなオーラはハンパないです。
「して洋次卿。ご返答は如何に?」
この依頼、受けて成功しなければ即ち死。
メアリーさんが洋次の背後から、そんなオーラを発射しています。マジ、怖いです。
「結果はお約束できませんけど、お引き受けします」
でないと無限コンボでメアリーの風魔法の的になりそうなんだもん。
「おお、承知して頂けると信じておりましたぞ」
はいはい、そうですか。
ため息もつけない洋次だった。




