148 宜しいですかな
メアリーの心も波穏やかになった。
「もう。鼻血して、替えのシャツは、品切れなんですからね」
「あ、ひで。心配したのは、それなんだ?」
くすくす。実に女の子らしい仕草で、手の甲で口元を隠しながら微笑む、町エルフのナイスバディなメイドさん。
「令嬢が切れたシャツや怪我した稀人を見たら悲しみますからね」
つんつん。
「そうだね。まぁ斬り合いになった点は反省してるよ」
つんつん、ぐいぐい。
「たくさん反省してくださいさませ。サラージュの稀人様」
ぐぐいっ、どん。
洋次のズボンを引っ張っていたバンシー。おしゃべりに夢中でバンシーには無反応な洋次たちにキレて、蹴りが飛ぶ。
「なんだよ、バンシー。〝いいとこ〟なのに」
なんに対して?
(洋次、きて)
「洋次。バンシーの雰囲気が穏やかではありません」
「そうかなぁ」
(そと。おそと)
「なんだかなぁ。外に来いってさ」
「そうですか。参りましょう」
「えーーーー」
キスシーンとか、身体の密着度ゲージが振り切れていたんじゃないけど。ザンネン。
「これで、蛍が綺麗とかだったら、お尻ペンペンだぞ、バンシー」
「洋次。ほ・た・る・とは?」
「ああ。蛍はサラージュにはいないんだ。ええっとね」
月が出ている。月齢とか全然詳しくないけど、満月じゃなくても空気が澄んでいるから丸顔の美人が微笑んでいるみたい。
「今更なんだけど、『異世界ではお月様は二つ』ってのが定番だったけど」
「何をご冗談召されているんです。月は何時でも何処でも唯一の夜の女王ですよ」
「いいねぇ。そんな風流な表現、ん?」
(ほらほら)
バンシーはレンタル尖塔の付け根近く。そこは患畜を治療したり、馬を繋留する場所だ。
「なんだ? 土が微動して?」
「洋次、触らないで」
「え、忍者?」
忍者の形容は多分適切じゃない。でもメアリーは、シーーと沈黙を要求する仕草をした。
「え」
びりびり。メアリーの唇が、もちらも振動した。その奇妙な動作の目的は即座に判明した。
「ん? 狼男、それにカランポー」
微かに下草を踏み固めるような音がした。指笛の一種で、あっという間の命令伝達。
///がああ///
///おおお///
直立すれば二メートルを楽々越える巨体が揃って接近する。
備えなさい。
無言だ。でも狼男たちは、秒殺で圧殺できそうな乙女メイドの指揮下に従順に従っている。
///きーーきー///
///けけけ、あな、な///
「うわっ。コウモリじゃないか」
月明かりってのが、どれだけ中世風では有効かを実感した。
「コウモリ小石を掴んでいる。数当たればキツイぞ、あれ」
つまり、サラージュ城は夜の警備力は万全です。
(ねぇ、そろそろだよ)
「そろそろって、これモグラ?」
モグラの穴なら洋次の地元でも珍しくなかった。
「宜しいですかな。〝そちら〟は、当方の訪問をご承知の様子ですが」
「うわっ。地面の下から」
///がががが////がおっ////
狼男、ロボとカランポーが両手を前に突き出す、ファイティングポーズで身構える。正体不明の声だけど、メアリーは動じていない。いや?
控えなさい。
ミリ単位、狼男たちに刹那視線を送った家令補佐も勤めているスーパーな美少女。お仕事ぶりも、ナイスバディといか、色々スーパーなメアリーが、そう再指示したかも。ロボたちの咆哮が二段階くらいトーンダウンしたんだ。
「では、ご挨拶致しましたぞ」
ぼこっ。既に不自然に盛り上がっていた地面が割れた。
「誰?」




