146 バンシーのイタズラでした
ミキサーと大雑把に呼ぶ機械類も、細かく分類するとバリエーションは豊かだ。
食材の粉砕と攪拌。スムージーとジュースの製作。泡立て器としてのミキサー。
ニコの娘のアンは、攪拌に特化したバージョンを進言したのだ。
この新案は、コンラッドやキコローも既存品はなしと返答したので採用、制作の運びになった。
「これだとハンバーグが食べられるな」
「はんばく?」
「そ、それは」
どうやら、どの時代セカイでも通過する一種の儀礼。洗礼なんだろうか、半バカとかの言い間違いとか、聞き間違いは。
「なーーにーー?」
無邪気に微笑むアンに、細かい異世界語のウンチクだか訂正は無用だろう。
「いや、アン。これからもアイデアが浮かんだらコダチやランスに直接伝えていいからね。どんどん教えてね」
「うん。でね、でね」
アイデアが採用になったと理解したのか、上機嫌な小さな天膳。
「アンがたくさんまれびとにお食事つくるからね」
「ああ。楽しみにしているよ」
「うん」
アンはにこやかに笑った。文化宗教が違うけど、これって天使の笑顔だ。
「でも」
洋次は大人だ。チキュウではガキ扱いの高校生でも、中世風のオルキアでは立派な成人男子。しかも貴族に準ずる地位の稀人。
「アンをミキサー部門の〝長〟に就任させたいな」
当然、長として報酬対価も共有できたら。
そんな考えをしていた。
古風なドラマ演出だと、フクロウがほほぅと鳴くような月夜。
「まーー久しぶりに本業したし、書き物なんて」
手首をブルブルさせる。使わないと身体は、マジ鈍ってしまうんだ。
「外気でも取り入れますか」
燃料費に区分するのか、ロウソク代もワルキュラ家では痛手になるから、洋次は幼稚園児並に太陽の運行とシンクロして生活していた。
「たまには夜更かしもいいさ」
鎧戸を動かす。鎧みたいに薄い平板を重ねた建具が鎧戸だ。基本、平板を調整した隙間から外光や換気をする。
「網戸があればいい風」
びゅゅゅん。
オーバーな表現だと衣服や身体に霜か一部凍るような冷風が通過。
「北風、寒いよぉ」
洋次を睨む北風の精霊。正確には精霊の幼生体で、つまりお子ちゃま精霊、精霊見習いだ。
「ああ悪かったよ。バンシーのお陰で快適なオルキアの夏だったから」
マズい。
「袖口も凍っているからさぁ。降参、降参」
(ふん)
「あのなぁ」
北風を除いた東西南の三精霊を引率しているエルフの美少女超爆乳メイドのメアリーは、幼生体は実体がないと解説していた。
「解説していたけどさ。頭が重いよ、バンシー」
ニンゲン族の子供の半分程度の重量感はあるじゃないか。ってことは、バンシーが洋次の頭を鳥の巣みたいにねぐらにすると、そりゃ意外と重たい。
「さてと。一杯ヤリますか」
オチは見透かされているだろう。ロウソクの炎を使ってお湯を沸かす。それを洋次は一杯と飲酒のように偽装している。どーせマジに酒飲めないし。年齢的にも経済的にも。
「一角獣卿も消毒が二回。歯茎も安定したから象りも間近だな」
学校の理科系の実験に使ったアルコールランプの三脚を思い浮かべて欲しい。洋次は、その三脚をもう少し上品でオシャレに細工したミニ湯沸かし器をお城からレンタルしている。
「なにしろ多少経済的に苦しくても伯爵家だもんな」
但し、経済的窮状は多少じゃなさうだ。
「でも」
三脚と錫製のカップに注目。
「まさかこれ、ホーローが作ったとか?」
義歯。入れ歯やさし歯の制作を任せた細工師の女性、ホーロー。ちょっとお肌のハリとか肉体の一部の持続性がメアリーには負けているけど、でもなかなかのナイスバディ。
「まさか、あの二人が仲悪いのは、ライバル心?」
ぉぃ。誰に対してだよ。
「うーーーん。女心は複雑だ。ん? どしたバンシー」
実体がない。でも北風の精霊の幼生体は洋次の脛を蹴った。痛みはないけど、蹴られた感覚はないわけじゃないのが不思議だ。
『あの。洋次?』
「め、メアリー?」
まさか。
まさか、月夜の時刻に洋次のレンタル尖塔をメアリーが訪問する。
「よ」
それは、近代社会になって絶えてしまった由緒正しい男女の秘密な、か・ん・け・い・を意味する、『よ』で始まる四文字熟語?
まさか異世界で、オルキアのサラージュで本来あるべき風習が復活を遂げようとしている。
「まさか、歴史的な復活の瞬間の生き証人になるなんて」
全身ガクブル。
「特に、〝手の震えが止まりません〟。少将閣下」
『あの。悪ふざけや寝ぼけているなら帰りますけど』
「あーーーはいはいはいはいはい。速攻で開けます。全開放します」
で。
「んがぁ」
あるはずのないナニかに頓いて通用口に顔面アタックする。
(ふん)
バンシーのイタズラでした。




