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145 稀に役立つ時もある


「汗だくですね」

「ま、色々あってね」

「そうですか。おーーい、水を持ってきてくれよ、サヤ」

「サヤ? ええっとその人は」

「妹ですけど、お会いしてませんでしたか?」

「ああ、そうだ。一、二度あった気がするかな?」

「今日はお久しぶりです稀人卿」

 小顔の美少女だ。髪の毛は亜麻色かな。身長は推定百四十後半で、やや痩せ型。


「お水で恐縮ですけど」

「構わないぞ、サヤ。じゃあな」


 ぐいっとサヤが洋次に提供したコップの水を脇から取り上げて一気飲みする鍛冶職人のランス。

「お父さん」「師匠」「ははは」


 ……。

 予想はしていた。洋次が酔っていない状態で初めてコダチの妹サヤと対面したら、父親のランスは即効で愛娘を奥に下がらせていたんだ。


「あーーサヤの水はいつも旨いな。じゃあ稀人、ご苦労様」

「師匠、稀人の要件は済んでいませんよ」

 露骨すぎる正直すぎる父親の過保護な対応に呆れた兄、コダチ。


「んだよ。じゃあとっとと済ませな。こっちはな、〝みきさー〟で忙しいんだ。大型の注文が明日までなんだよ」

「師匠。そのミキサーは洋次のお陰でしょう。仕事が舞い込んで、工房の炉に蜘蛛の巣ができないだけ有難いんですよ」

「あーーー」

 まるで五円玉で初詣された印象だ。

 パパパンと形式的に合わさるランスの左右の掌。


「感謝感謝大感謝だ。じゃあサヤ、夕御飯の支度を頼むよ」

 洋次には邪険、邪魔者扱いの口調。娘のサヤには、猫なで声。まーーわかりやすい。


「あ、命令口調じゃないんだ」

 丸分かりな親バカだ。サヤと結婚する男性がクリアするクエストを予想すると涙を禁じ得ない洋次だった。


「あーー。まれびとーー」

「この声?」

 洋次が振り返ると、出前用の大きな籠を手にしたアン。食べ物屋ニコのの娘さんだ。


「ああ、アンの所にも足を運ぶ予定だったんだ」

「ふーん、なんの用?」

「ええっとーーー?」

 実は用なんてコダチにもアンにもない。なんとなくサラージュ城内で居場所がないから逃げてきたんだ。


「あのねーー。アンはまれびとにようがあるんだーー」

「へぇ、なんだい」

「だからよ、ニコの娘に要件があるならニコの店に行きな」

「師匠、父さん」

「サヤねえちゃーーーん」

 用があると話題を振りながら洋次の後ろのサヤに手を振るアン。この辺はやっぱりコドモだ。


「アン、元気?」

「元気だよーー」

 ぴょこんと跳ねてサヤに近づくアン。同性だし幼女だから、ランスには警戒の対象外らしい。


「仲いいんだね。でも、そのサヤさんとアンの顔って」

「似てますか?」

「そーーだなぁ」

 メアリーが同席していたらまた肘鉄かも。後頭部をポリポリする。


「あのなーー稀人。ランスとアンのオヤジのニコは従兄弟なんだ。だから、親戚、血縁があるんだよ」

「え?」

「おめーー。気がついてなかったんかあーー?」

「だってねぇ。アンと比べたら」

 サヤとか三回しか対面していないし、初回はべろんべろんに酔っていたし。


「サラージュに限らず、田舎はそんなもんだ。だから稀人ってのは厄介でもあるし、そのなんだ」

 コホンと咳払いするランス。


「稀に役立つ時もある、稀人だけにな」

「オヤジ、それオチかよ?」

 大人し目のキャラだったコダチがプチキレした。


「ぅっさい。俺なりに洋次を評価してんだ」

「だからってサヤを過剰に洋次から遠ざけたり、第一その物言いは、いい加減失礼だろ?」

 丁々発止。あーいえば、こー言う。


「いいな、ケンカできる親子って」

 そうだった。洋次は母親とお互い避け合っていた。その結果が異世界転移に繋がっていたんだ。


「ねぇねぇまれびとーー」

 サヤとのお喋りがひと段落したらしいアンが洋次のズボンの腰辺りを引っ張る。


「なんだい、アン」

「あのねーー。みきさーなんだけど、あれって豆とか葉っぱをまぜられるでしょーー?」

「そうだね。細かくして混ぜるのがミキサーの特性の一つだからね」

「じゃあさーー。まぜるだけのみきさーってないのーー?」

「混ぜるだけ?」

 なんだろう。料理はノータッチだった洋次だ。


「あのねーー。アンこの前、お肉をまぜたのーー。でねでね、みきさーでまぜたらラクかなーーって」

「ミキサーで、混ぜ?」

 それは、厳密にはフードプロセッサーの領域になる。でも広意義には、混ぜるのでミキサーの新バージョンで開発販売が可能な商品だ。


「アン。凄いぞ、待ってくれるかい」

「いいよーーじゃあアンねーー。サヤおねえちゃんとお話ししてるよーー」

「そうだね。じゃあ都、王都から出向した公務員から確認するから。コダチ、親子の触れ合い中悪いんだけど」

「「触れ合いじゃねぇ」ではありません」

 ま、当然のリターン。


「もしかすると、もしかするんだ」

「んだ、洋次。おめーさん、イッちゃったか?」

 ああ、今日はランスの言葉がまるで天使の祝詞だ。


「今すぐイキたいですよ。これは、もしかしたらとんでもない発明だ。じゃあねアン。吉報を待っててね」

 今度は馬の背に──鞍は装着していない裸馬だけど──乗ってサラージュ城にとんぼ返り。

 トンボ、いや亀返りする洋次だった。


「洋次、私が先導します」

「申し訳ない、頼みますコダチ」

 先行するコダチの馬に牽引されました。だって洋次の乗馬はとてもヘタだから。



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