144 お隣さん
王都、中央から派遣された稀人審議官だったキコローは、洋次を稀人と認定すると、あらあら不思議。サラージュの取締官として駐在すると宣言。洋次とは二、三十メートルのお隣さんになっていた。
距離はそこそこあるけど、なにしろ建築物や樹木などの遮蔽物がないから、お互いの生活が丸見えになってしまう。
忙しくメアリーが西尖塔と区分されたキコローの仮宿で働いている。洋次は全く気づかなかったんだけど、西尖塔には狼男たちが昼間は潜んでたそうだ。そして日が暮れると尖塔から抜け出して城内の警備とかを遂行していたそうだ。
「つまり、日没とほぼ同時にベットインしていた、いい子な稀人は狼男たちの徘徊を察知しないで、グースカ寝てたんだ。まいったね、これは」
ケモノの鳴き声や気配を殺していたなんて、さすがに夜の眷属。吸血族の下僕だ。でも、王都からの偉い高位の公務員が、そんな忠実な働き手たちを住み慣れた住居から退去をさせていた。
「まぁ忙しそうだね」
洋次も手伝おうとした。モチロン。
「貴殿は自分の領域を護れ。そしてサラージュの経済を立て直す知恵を絞れ」
キコローに牽制された。
「余の赴任は、瞬く間にサラージュに知れた。見よ、溜まりに溜まった申請が嵐のように舞い込んでいるのだ。帰り給え」
「でもねぇ」
歯医者そのものがまだ浸透していないから、そうそう毎日患者患畜は来ない。
そしてキコローも、メアリーでさえ洋次の手伝いを阻んでいると解釈するのは、被害妄想だろうか。
忙しいにしても。
「まぁあの二人、昔からの知り合いだから阿吽の呼吸なんだろーーし」
丸椅子を傾けてバランスゲームじゃないけどブラブラしている洋次。
ぎしぎしと鳴る木の音でさえ、なんだか洋次を苛立たせる。
「ちょっとアンとかコダチと喋るか」
薄暗い尖塔。これからはキコローの仮宿と区分が必要な居場所から離れようとしている稀人、自称モンスターの歯医者さん。
「ああ、北風、でかけるから」
(ついてく)
絡みつくように洋次の足に掴まる北風の精霊の幼生体、バンシー。他の三方の精霊の幼生体にオキニされているメアリーは不幸な風だと、深い関わりを警告しているんだけどね。
「じゃあ、コチたちに伝言してもらえるかな。アンとコダチ、ランスの工房に顔を出すって」
(うん)
そこは驚く。バンシーもコチたちも、風のように滑らかに飛行する。まあ風だから当然なんだけど。
「じゃあ、行くぜお馬ちゃん」と洋次が鞍を馬の背に載せようとしたと同時だった。
(洋次)
「うわ」
伝言をしたバンシーが引き返した。北風らしい風を伴って。それは、警戒心の塊である馬を驚かすにはお釣りが来る突風で、洋次はビックリして屋根もなしに逃走する馬を追いかけるハメになった。




