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143 に・こ・ぽ・ん


「同門の先達としてメアリーの名誉を守ろう。洋次、メアリーは一から十まで貴殿と主君を裏切ってはいない。メアリーには時間稼ぎが必要だったのだ」

「どうして」

「オルキアの規則。貴殿には法律と呼ぶと通じるかな。代官派遣は有償なのだ。つまりサラージュでは代官はありえない。でも、色々な条件が重なると代官を罷免にする上位職の取締官が派遣される。取締官は中央政府からの派遣で、サラージュの負担は金銭面に関してならば代官に比べたら著しく少ない」


「え? ならどうして」


「そう。どうしてカミーラと貴殿、洋次に協力をお願いしなかったのか? それは不名誉だからだよ。領主にとって取締官の存在は。取締の言葉の響きを自分の耳で言い含めてみろ」

「取り締まる、(役人)

「全くその通りだ。正式な稀人でない貴殿にはサラージュの外への移動自由がなかったのではないか」

「すぐ解除になったけど」

「ほほぅ。意外、いや当然かも知れぬが良好な関係を築いておるようだな。だが、もし城外不出の命令が絶対だったら、貴殿は存分に新規事業、『はいしゃ』を営めている確信があるか?」

「いや。だって素材や道具がまだまだ足りない。じゃなくてそれは私が未熟だから。ニセの歯医者だから」

「可哀想だが、ニセという点ではカミーラ嬢もそうだよ。領主としての知識に乏しいし、充分な補佐役もいない、雇えない。だから苦肉の選択でメアリーは取締官が派遣される選択肢()を選んだのだ」

「そんな」

「つまり余がサラージュの維持管理に必要だと判断すればカミーラをもう一度修道院に送り込む処置も考えられる。だがな」

 もうキコローに真下に見下されている洋次。


「領主として領地経営に失敗したら、それこそ二度と陽の目を浴びることは不可能だ。最悪監獄送りなのだよ。だから、メアリーとしては賭けにでたのだ」

「取締官を派遣させる?」

「違うな。取締官はもう大前提だったのだよ、彼女には。でも問題は誰がやって来るか。そこが一番の懸念、不安材料だった。そして取締官派遣の条件の一つに稀人の常駐がある。つまり貴殿、板橋洋次だ」

 何度目だろう。メアリーが頭を下げた。


「稀人の審議官と取締官を兼ねられる人材、そしてメアリーの希望と意図を少しくらいは察せられる人物。ついでに中央で煙たがられている男」

「つまり、それがキコロー。貴方ですか?」

 くっくっく。デカい大人が笑うと、それだけで威圧感と恐怖がある。だからってこ、怖くはないぞ。相手がお話ししているから礼儀でだまっているんだ。膝が笑っているのは……パス一だ。


「最後の条件を自分で認めるのは悲しいがな、でも事実だ。余はメアリーと、いや町エルフよりも下級な立場から準閣僚席まで登り詰めた男だ。それだけで貴族社会で煙たがられている。もしも、取締官を派遣する事案が発生したら真っ先に候補者になる」

「キコロー、ゴメンなさい」

 腰折った姿勢でキコロー。メアリーには兄弟子に当たる人物をチラ見している。


「そう悲観するな。取締官は立派な経歴になるし、最近の閣僚会議での肩身の狭さには正直閉口していた」

「そうは見えないけどな」

「言うじゃないか稀人、いや高校生のニセ医者」

 売り言葉に買い言葉だ、また。


「で、これからどうするんだい。まさかマジにカミーラを修道院送りなんてしたら稀人として仕える権力を使わせてもらうからな」

「貴殿と余の身長と身分差を考えろ。それにどうやって稀人権限を行使するかも知らぬクセに。貴殿の言うマジに怖くもなんともないぞ。良いか、カミーラを修道院に送るよりも税収や人口増などの実績を上げれば良いのだ。そのためのハッタリの歯医者だろ?」

 洋次の肩にキコローの手が載った。


「あのなーー。まさか異世界でニコポンされると思わなかったぞ」

「に・こ・ぽ・ん?」

「メアリーに説明が必要だな。ニコポンとはな、ニコッと笑いながら肩をポンと気安く叩くお調子者。軽い考えの凡人の意味だ」

「そうだよ。でも私が高校で耳にしたおっさん言葉を取締官あんたが知っているとはな。どんだけ異世界の言葉に詳しいんだ?」

 で、また襟を整えるキコロー。


「とある部門ならば高校生の洋次よりも詳しく博学であるかもな。だから一々尖るな。嫌でもお隣さんだ。仲良しでなくても対立は忌避しよう」

「お隣?」

「そうだ。今我々が勢ぞろいしているのは正門の尖塔。正門を左右に警護する護衛の小要塞だ。余は、洋次の隣に仮住まいする」

 つまりサラージュ城の正門を挟んだお隣さんに確かになる。


「承知しました。すぐ準備致します」

「ああ。さっきそんな会話してたかなぁ」

「その通りだ、メアリー」

「おい、命令口調止めろ」

「だからそんなに怪訝な顔をつくるな。良いか、余は取締官。カミーラの隣室の提供ですら差し支えない立場なのだぞ」

「あんたになくったって」

 どうどう。ウマとか家畜の暴走を制御される構図になった。キコローに肉薄しようと足を踏み込んだ途端、おでこに相手の掌底がぶつかった。それでエンド。接近戦は未遂に終わってしまう。


「貴殿には差し支えるか?」

「いや」

 あれ。キコローおメアリー。それに、また戸口で密集しているバンシーたちの視線が刺さっていますけど。


「だからサラージュの領民がさ」

「余は取締官。多少は稀人なる貴殿も管轄下にあるが主たる領域はサラージュなどを経営管理するのが責務だ。だから」

「おい、首が苦しいぞ」

「お互いの身長差身分差だ、我慢しろ。いいか」

 推定三十代のおっさんに耳打ちされる不愉快さ。


「貴殿の青春の暴走までは管理監督はできぬ。程ほどにな」

「ぉぃ」

「ふん。どうやら、事前情報通り、日本の高校生はなりふり構わずらしいな。カミーラ、メアリー。その他にも洋次にはいい感じなのだろう。まあお互いに納得の上で遂行せよ。ただし、余を巻き込むな、サラージュの秩序を乱すな」


 あーーーーーーーーーーーー。

 このケースでは、洋次はどんな対応をするべきなんだろう。


 ふざけるなと怒鳴るか、ブルブルと否定をするか。


「あのぉ、キコローきょ、ぉぉお」

 腰も声も喋りも砕けて仕舞いました。


「では、申し訳ないがメアリー。一両日中に西の尖塔を片付けて呉れ給え」

「承知致しました。あの取締官?」

「ん? 稀人との密談か? 興味があれば本人から質問するがよいぞ。但し、月夜は避けよ」

「それってどんな意味だよっ」

 カラカラカラ。二メートルが身体を反らすと、まるで弓なりだ。


「そのままだよ。では、今宵は歓迎の宴でサラージュの夜を楽しむとしよう。メアリー、先ずは西尖塔の狼男ウェアウルフたちを退去させて清掃を願いたい」

「どちらも直ぐに」

 もうコメツキバッタか、竹刀の素振り大会みたいなメアリーだ。


「と言う訳だ」

 どんな理由か不明だけど、サラージュに新しいキャラがやって来た。

 しかも仲良しなお友達じゃなくて、サラージュの後継者のカミーラ、稀人の洋次、そして領民を統括する権限のある厄介な公務員が、だ。


「ああ」

 それが洋次の精一杯だった。



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