141 ポロ。ポロ。と涙が流れているんだ
「ではこれより、新規の任務を遂行する」
閉じたファイルを小脇に挟んで、さよならすると思っていたら、これだよ。
「は?」これは洋次。
「あら」とカミーラ。
「まさか」とメアリーはお胸が揺れた。
洋次たちの反応をスルーして、
「只今よりサラージュ取締官として執務を開始する」
「とり?」
「まさか、キコロー卿」
メアリーが二メートル男を見上げた。
「しま?」
「なるほど。卿の着任を確認しました。大儀でした」
「さすが伯爵家令嬢」
洋次の頭上を通過する会話だ。
「り?」
「おや。新米稀人には初耳だったかな?」
小馬鹿にされても、知らないものは知らない。
「代官なら知っているだろう」
「あ、ああ。コンラッド・タイラー卿とはそこそこ顔馴染みですけどね」
「代官も二級代官から準一級、一級と区分されている」
「そーゆー私好みじゃない設定はニホンと同じなんだな」
あーーー。段々フォローするのがめんどくなっているけど、襟をまたまた正しながらだ。
「設定言うな、洋次。余は複数の代官を統括する。ある意味ではチキュウの県知事よりも上位職なのだよ。取締官は。予め断りを入れておくが、罷免権もある。つまり」
「クビにできるってか?」
キコローと対立して利益なんかないけど、コンラッドは洋次やサラージュには貴重な同調者だし仲間だ。そのコンラッドを首にする資格のある人物。
洋次は、かなりヤバい相手とケンカしてしまったのだ。
「その通りだ。余はサラージュの稀人の審議官。その責務が終了したら真偽を問わずサラージュのみならず、この地方の取締官としての赴任となる」
「つまり」
「どっちにしても、これからは毎日顔を付き合わせる仲になるってことだ。稀人板橋洋次」
「なんだかなぁ」
この後でカミーラの政治的な発言やメアリーの敬語修飾語講座は洋次には、どーーーでもよかった。
でも、大問題発言が飛び込んだ。
「稀人を追い出すのは面倒故、西を所望する。宜しいですな」
「御随意に」
「最大速で準備します」
メアリーの、ほんわか柔らかそうな身体は誰の目にも証明された。また腰を折ったけどキコローは言葉の釘をブチ込む。
「そう慌てるな新米稀人。それから令嬢。申し訳御座いませんが、メアリーと稀人との時間をお許し願いたい」
「よしなに」
やっぱり妹みたいに可愛くてもカミーラはお嬢様。違う異世界の異世界、貴族令嬢なんだ。
「それではしばし不自由でしょうが。失礼する。稀人、家令補佐、同行されたい」
「あ、ああ」
あれ。ついさっきまでメアリーが赤かったのに、もう白い。しかもどっちかって蒼白の白さだ。
「早よ参れ洋次」
重厚な扉が開く。
今になって気づいたけど、この扉の開閉は狼男たちが補助していたんだってさ。
「わかりましたよ。代官の上のキコローさん」
「取締官だ。これからはグズグズする猶予などないぞ。急げ。取り敢えず洋次、其方の東塔で話そう」
俯いているメアリーと距離が離れている。いつもなら風のように素早い美少女エルフメイドが、とぼとぼ歩いているじゃないか。
「でもさ。あの色々忙しかったり驚いたりして」
「メアリーか?」
「ああ」
「時期判明する。だから急げ」
「と言ってもねぇ」
感心したり憤慨させられたり感謝したり。
でもヤッパリこの公務員好きになれない。具体的な嫌悪のポイントは列記するのがウザいけど、不完全燃焼した黒煙が漏れているような気分だった。
洋次の不快感は、結局具体化してしまう。
「先日、『成人の儀式』を執り行ったな。メアリー」
「それは」
『はい』、『いいえ』で即答できる簡単な質問なのに、段々腰が折れてしまっているメアリー。
洋次がサラージュ城内でレンタルしている場所。城正門から入ってスグ、東西に並立する尖塔の一つが、住居兼で『モンスターの歯医者さん』の診療所でもある。
その内部。
「あの」
尖塔内部には丸椅子が二脚だけ。流れと立場で、洋次とキコローが着席してメアリーが立っている構図になる。
「板橋洋次、稀人」
ああ耳障りだ。高い場所からガーガー煩いよ。まるで学校のスピーカーでサボっていた掃除当番を暴露された時みたいだ。
「な、貴殿は稀人だから知らなくて当然。そして未だ教わっていないだろう」
「き、キコロー卿」
メアリーが稀人と審議官の間に割り込む。
「すすべての責任は私にあります。どうか寛容なご処置を」
噛んだ。
「泣いても懇願しても余の裁決は決まっている。だがな」
メアリーを押しのけるように洋次と接近するキコロー。
「洋次も。そしてカミーラ嬢も、もちろんメアリーを思い知らねばならぬ。ニセの儀式を行った事実をな」
「ニセ?」
「それは。ご容赦を」
メアリーが泣き崩れた。もう泣かしたくなかった大切な仲間、隣人を中央から。
「あんた」
「キコローだよ、あんたじゃない。そして王国から派遣された稀人の審議官、更に取締官だ」
「それで、どうしてメアリーを何度も泣かせる」
でも、ポロ。ポロ。と涙が流れているんだ、




