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140 イタズラをした


「遠路はるばる大儀でした。キコロー」

 正式な爵位継承には至っていなくてもカミーラはキコローに敬称を載せなくても許されるんだ。


「令嬢にかれましては、益々御健勝の模様。主席長官になり代わりワルキュラ家の将来を寿ことほぎたく存じ上げたてまつりまする」」

「け? こと? タテ?」

 トン。メアリーの痛くない肘打ちが脇腹に決まる。どうせ痛くない尖んがりなら……(以下、自粛)。


「さて、カミーラ令嬢。同席しているチキュウの稀人。板橋洋次のために、〝砕けた〟物言いで宜しいかな?」

 およ。どんな話しの流れなんだ。


「洋次」

 キコローの長身で遮蔽されている洋次を覗くように細くて小さな身体を傾けたカミーラ。


「あ、貴族社会の言葉は正直チンプンカンプンで」

「ち?」

 あマズイ。カミーラが勘違いしたのかほのか紅い。


「不勉強で意味が不明と申しております。令嬢」

 こうべを垂れたまま補足ってツッコミするメアリー。両手にキコローから預かっているファイルを握っている姿勢でした。


「なるほど、ではそのように」

 カミーラから〝砕けた〟会話の許可がおりた。


「さて、カミーラ嬢。稀人の確認の前にサラージュの爵位敬称についてですが」

「その件ですが」

 滑り込むように実際ツルツルした床をメアリーが動く。


「メアリー。余はカミーラ嬢に質問している。君に、ではない」

「ですけど」

 あ。またまた襟を触っている。この公務員、特異な潔癖症じゃないのか。


「板橋洋次に、咬傷の治癒痕がある」

「こ?」

 いい加減にしろと言いたい。襟を整えながら方向転換するキコロー。


「まだ〝砕け〟が足りなかったか。噛まれて治った傷跡があると余は指摘したのだ」

「そんな」

「ほう。ここで首筋を押さえる愚は犯さぬか。それとも臆した、いやビビッているのか?」

「二メートル級で見下されるとすげーーーバカにされてる気分なんだが」

「ふん。半分はからかっているよ」

「準閣僚席。今日は饒舌で御座いますね」

「おや、口が過ぎるとカミーラ御令嬢からの忠告だ」

「そんな表現なんだ。あのさ、他人のしかも同性の怪我経歴調べてどうするんだ?」

 つかつか。

 どうしてだろうか、動きが鈍くなった、メアリーをすり抜けてまたカミーラに立ち塞がる形になるキコロー。


「いやいや。稀人の審議官としての確認だよ。これで全ての質疑は終了。メアリー、申請書に記載られた洋次卿の〝学生証〟を拝借したい。洋次卿も了解されたい。質疑応答では言葉巧みに偽証するも不可能ではないし、物品の証拠はお喋りを黙らせるに都合が良いのだ」

「まあ」

 にっこり笑ったカミーラ。またまた腰を折るメアリー。腰が折れるタイミングにシンクロして揺れる豊かなメアリー連山が神々しい。

 だろ。


「キコロー卿。適切な判断に賛辞を贈らせて頂きます。我が主人になり代わり」

 どうやらこの場は謝意ではないらしい。


「ああ結構結構。メアリー、砕けた会話をしようと確認にしたはずだ。洋次卿もまだ突然だから自覚はないだろうし」

 んんん。洋次卿ってなんだよ。


「卿? まさか私も」

「喜ばしいか残念か面倒かは余には無関係だ。だが板橋洋次はチキュウから異世界転移した稀人としてオルキア王国に登録される。タイムラグはあるが、数ヶ月すれば大陸の主要国家にも通達が届いて周知となる」

「そんな大事件扱いなんだ」

「メアリー。預かっていた物を頂けるかな」

 メアリーから黒一色のファイルを受け取ったキコローは、胸ポケットから筆記具を一本。速記の世界記録にでも挑むのかって質問したくなる速度で筆記具が移動した。


「印璽は」

 判子を捺印するってこと。


「また後で」

「へぇ。そこは砕けないんだな」

「砕けているさ。でなかったら、七面倒臭い質疑を延々と願ってなどなかろう。お互いに」

「そりゃ。その」

「洋次、頭を掻くのはお控え下さい。令嬢と審議官の御前です」

 あ、また後頭部ポリポリしてました、ゴメンなさい。


「だからだよ。先程茶飲み話で漏らしたが、稀人の技や知識は本来大陸で共有すべきなのだ」

 あ、イヤなわらいだ。授業で習った嘲笑に近いヤツだ。


「だからイタズラをした。言っただろ? だが、しばらくはサラージュを建て直しが最優先だろうし」

「ああ」

 サラージュの産業を確立するために、当面は稀人特権を行使するしかない洋次とチーム『モンスターの歯医者さん』なんだ。


「では、審議官としての責務これで終了。印璽は後程」

「じゃあ短い間だったけどさ」

 ミスター襟正しともお別れた。洋次にとっては台風一過だかど、転移してからバンシーたちに振り回されているからキコローなんてそよ風にしかならない。



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