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14 吸血鬼の牙が

「はぁはぁはぁ」

 小休止と少しだけ密集から離脱するカミーラ。


「お嬢様、もう一息です」

 じゃないだろう。そう反論したかった。


「いきます」

 もう出撃する戦士たちの会話じゃないか。しかも洋次には反撃する手段がない。


 はぐはぐ、もぐもぐ。


「頑張って、お嬢様。魅了!」

 だからさ、その魅了ってどんなよ。洋次は、カミーラとメアリー。二人の美少女にはさまれている幸運のがよっぽど拘束力があるのだ。


 痛てぇ。脂汗流れてる。背中が汗のナイアガラだよ。


 しつこいほど期待され洋次を逃走に走らせた血ドバッのページは開かれていない。でも、カミーラの歯はもぐもぐと洋次の首筋を咀嚼している。


 この痛みだとうっすら表皮は切れてそうだし、歯型は残るな。


 でも、それほどヘビィではない洋次のメディア体験でも唾が赤く染まっているから終了とした吸血鬼モノは未読だ。カミーラははむはむを続けるしかないし、洋次は我慢するしかない。

 ……かなり洋次に分がある勝負になっているな。


「もう一度、お嬢様」

 あれ。洋次はやっと意識をした。メアリーが令嬢とお嬢様を使い分けていることを。で、そのくらい洋次は手持ち無沙汰である事実を。


「メアリー、ダメ」

 肩で息をしている。自分の身体、自分の生命だけど、そんなに牙って刺さらないものなのだろうか。洋次が疑問を質問に移行しようか思案していると、結末が訪れた。


 そりゃもう不意に脈絡なく事前連絡もなく。


 ぐぐぐんとカミーラが揺れた。

「お嬢様」

 メアリーの絶叫が、カミーラの振動に続いた。

「お嬢様、しっかり」


 カミーラは土下座と区別つかなるほどペタンと崩れている。令嬢を気遣うように素早く首絞めを中止して駆け寄るメアリー。当たり前に二人分の密着が剥離した洋次の体温は急激に下降する。


 うわーーん。もしくは、もしくはなんだろう。

 カミーラはさっきまで洋次が遮断していたメアリーのエメラルドグリーンの瞳を確認すると、エベレスト級の胸に飛び込んだ。そしてそのまま大号泣。


「お嬢様、泣いてはなりません。いいですか、泣いては」


 それは逆効果だ。カミーラの涙は量産体制が整い過ぎている。多分慣れていない異性への素肌の接触。十代前半の成人扱いは地域性とかあるから棚上げして、儀式時のカミーラの年齢にしては両親の不在。フィニッシュは、エルフ、異種族だけど自分のハジを省みないで儀式の助力する優し過ぎるメアリー。


 これはもうお姉さんに甘える少女の絵画じゃないか。


 ……。メアリーが洋次から離れたから魅了が解けたフリをする。


「痛ってーーーー? !」

 背中に異物、残留物があるぞ。肩に手を回そうとする動きはしっかりとチェックされていました。

「あ、見るな」

 簡単な挙動全てを監視下には置けない。洋次は、肩に載っている小さなアイテムを掴んだ。


「これ?」

 薄暗い空間だ。摘んだアイテムを即座に判別するには条件が悪かったし前後も不確かなんだ。だけど。


「歯? じゃなくて」

 尖っていてやや硬質の物体だ。少し湿っていて、見慣れた形が判別を遅らせてしまっていた。でも間違いない、背中に載って、じゃなくて少しだけ刺さっていたアイテムは牙だ。とすると、洋次に歯を当て過ぎて歯、吸血鬼の牙が取れちゃったんだ。


「とれるもんなの?」

「見るな、ちがう」

 イジメっ子。洋次が意図しなくても幼さが残るカミーラの心には重く太い杭になってしまった。


「ごめんなさい、できません」

「お嬢様、泣かないで」

 こうなると困ってしまう。カミーラとメアリーが揃って泣き崩れてしまった。吸血鬼は伝承とか設定では杭に弱いのは間違っていなかったらしい。今回は言葉の杭で白木じゃないだけだ。


「あのさ」

 なんだか泣かしてしまって悪いから、この場から離脱していいですか。お家帰れませんか。せめて席を外させてください、バツが悪いから。


 色々な言葉を飲み込んで、ただ足を組んで美少女の悲劇を傍観していた。だってこれ以上どんな協力をしてあげられるんだ。魅了魔術の成否は無視して抵抗しないで首筋は差し出したし、騒ぎたてもしていない。


「さぁて」

 泣いている美少女を放置して、持っている牙をロウソクの灯火に近づける。


「これ?」

 洋次は高校生で両親近親にも歯科医師はいない。でも、乳歯とか歯が抜けた目撃は自分自身を含めて数回ある。残虐性が低いから、メディアでも歯が抜ける描写はあった気がする。それらの抜けた歯は、微量な血液が付着していたし、組織細胞も残留していたから、根元はピンク色だった記憶がある。でも、この白い塊は、どこも同じ色。真っ白だ。これって黄ばみのない造りものじゃないのか。


 そんな洋次の知識から導いた結論。


「これ、付け歯だ」

 差し歯なら治療の一環だ。そこそこ安定性があるけど、歯科医じゃなければ実施は不可能だろう。でも付け歯は、最低ランクだとパーティの仮装の小道具だ。本物を目の前に失礼だけど、吸血鬼とか狼男の仮装扮装に使うためのパーティグッズとして雑貨屋に置いてある。

 カミーラが装着して洋次に置き土産した付け歯は、そりゃゴム製じゃないけど簡易に糊接着をしていたらしい。根元部分に粘着っ気が残っているし。


「ああああああ」

「お嬢様、申し訳ございません」


 やれやれよりも、正直トホホな立場だった。だって即死は免れているけど、生贄の立場からの解放を宣言されたわけじゃないから、再チャレンジしたら血ドバッであの世行きの恐れもある。


 泣きたいのは、俺なんだけどな。


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