139 ワルキュラ・カミーラと接見を希望する
「少なくても戸口で貴殿を害する恐れのある官吏に殺気を含んでいるエルフにとっては希望の灯火のようだぞ」
「え、ああ」
キコローから什器備品を持ち込むように依頼されていたメアリーが、戸口に立っていた。
「遅いなって思っていたんだ」
「遅いさ。余は、貴殿。洋次との話し合いが終了するまで席を外せと命じていたのだからな」
「え、そうなの?」
さっきの会話に、そんな伏線的セリフがあったのか。
「あのキコロー卿」
カミーラやペネたちに提供する絢爛な加工が施されたプレートにグラスと茶碗が載っている。
「洋次のお年ではお酒は」
「知っているよ。ニホンでは飲酒は中年にならなければ苦情の種だそうだな」
「そりゃどうも」
「だがしかし余は遠慮なく喉を潤す所存だ」
一旦は小机に据えられたグラスの酒を一気飲みするキコロー。
「メアリー」
「あ、はあい」
ちょと噛んだ。同門ってどんな同門か不明だけどキコローは美少女でナイスバディ過ぎるメアリーのカミカミ癖は、とうにご存知らしい。全く触れない。
「余は書類の不備があると申したな?」
頷くメアリー。
「それが叱責殴打の理由の一部だが」
洋次がまた、沸騰やキレないか注目するキコロー。
「サラージュの稀人の申請に『職種・業種 モンスターの歯医者さん』と記載したな? ああ、特別に反論なければ同意不要だ」
喋り続けたいらしいキコローだった。
「メアリー。其方は歯医者が何たる業種か知っていたのか。王国内部に情報網を展開している余ですら、オルキアの歯医者の存在を知らない。見栄え用の付け歯をする半医師半細工師は登録されておるがな。
とすると、歯医者の業務を実行するためには細かい道具や薬品を作成する段階からのスタートになるであろう。
メアリー。そしてカミーラは、その重要な点を見逃していたのだ。これは叱責されて当然であろ?」
「少しは納得したよ。だけど」
一歩前って三珍の標語じゃないけど。
「でも、鞭はないじゃないか」
「そうかな。余はメアリーを家令補佐と解釈している。サラージュの稀人も補佐するならば、不合格だ」
「さっきはメイド云々って」
「だから」
もう何回目の襟の身嗜みだろう。
「それは売り言葉に買い言葉だ。そこは詫びたハズだが」
「私じゃなくてメアリーにお詫びしていない」
「いいんです。洋次、キコロー卿は正しいです」
また珍妙な三すくみだ。そして、普段は煩い風の精霊たちは、どうしては今日に限って尖塔内部に進入しようとしていない。
「まぁドリルアームとか印象材とか。足りないのもばかりなのは間違ってない。まだまだ欲しいものはあるのんだ」
「でも、メアリーが提出した書類では完璧ではない。だから余が加筆して申請を受理した」
「え。有難う御座います。キコロー卿」
それ立位屈伸だよ。メアリーは、頭の天辺が防水加工の床──三和土の加工処理だ──にぶつかりそうなくらい低頭した。平身はしてない、かな?
「いいのかい。それって公文書偽造じゃね?」
「ふん。稀人の異世界の知識はオルキアに留まらずバナト大陸全土に普及すべきなのだ。だが実際は稀人は、登録された諸侯有力者の私有物に成り果てるが実情。余がイタズラをしてもバチは当たらぬよ」
「なんだかなぁ」
「でも感謝致します。キコロー卿」
「「ああ」」
キコローとハモるとは不覚だ。だけど、メアリーが突然涙を流したら、そりゃ男としてはなんとかしたくなるのが本音じゃないのか。
「幸いに主席長官以下、ほとんどの要人はニホン語が読めぬ。余が加筆したのかオリジナルか断言する人材はおらぬのだよ」
「あーー。そうやって腐敗の土壌が培養されんだな」
「言うな。だが、同門の好とイタズラも此処まで」
胸ポケットから取り出したのは鳩じゃなくて真白いハンカチ。口元も綺麗キレイしたキコローは素早く立ち上がる。
「メアリー。ワルキュラ・カミーラと接見を希望する。可能な限り急ぐので、その様に。これは審議官のみならず準閣僚席、枢密院準議員としての報告と面会である」
「了解致しました」
まるで雛鳥の巣立ちだ。
ちょこっとだけ漂った和気あいあいな空気は一転して緊張が走ったからだ。
「加えて稀人も同席を進言する。その旨カミーラ次期伯爵候補に伝えるように」
念を押した言葉は、でもきっと命令を婉曲に加工しただけなんだ。キコローの目、眉。そしてメアリーの血色が洋次の推測は確定だと告知していた。




