138 貴殿のどこが普通だ
「で、念のためお伺いするが、同門って?」
「メアリーが最初に仕えた稀人を知っているか。勇者ガリュ閣下であるが」
「が、がり。ああ、そんな話しをしてもらったかな」
「元々余はガリュ閣下の世話役兼任で雑務を遂行していた。当時は下級公務員だったのだ」
「ふむふむ」
「正直降参した。時間には厳しく些細なミスも見逃さない。それでいて自分は稀人だからと無法ばかり」
「なんだ、とっても素敵な元勇者って聞いていたぞ」
「メアリーには、な。余が逃げ出してからメアリーが担当するに一年以上の時間が経過しているし、場所も違う。それに貴殿も男だ。わかるだろ、下級でも公務員と可愛い孫娘のようなエルフでは扱いも違う、と」
「そりゃそうだ。意外と謙虚なんだな」
肩を竦めたキコロー。
「昔話だ。当時余とワガママな異世界人は、このサラージュの西に住んでいたのだ」
「さら? だってサラージュの西はハーピーとかの巣じゃないのか」
「だから一層苦労したのだ。因みに、それは十年以上昔。カミーラは父伯爵を失い生後間もなく母上も卒去されているため修道院で預けられていたので領地には不在。ほとんどこの事実を知らぬ。知らぬから貴殿、洋次には一言も語っていない」
「そ、そんな」
「ならば証明しようか。サラージュの町長は、当時の助役で前町長の子息。面識がないわけではない。それから、もしカミーラが乱暴者でなかったならば」
城内を指差すキコロー。
「温室があるはずだ。そこに〝ナス〟やいくつかの〝イモ類〟。その他多少のチキュウの草花が植えられている」
「茄子の鉢植えなら」
茄子があるから洋次は歯磨き粉の生産を開始できたのだ。
「ナスはな、ガリュが好んで食したのだ。ぬーー。ぬか?」
「糠漬けだ」
「そんな名前だったか。正直相伴と言うか一緒に口に入れるよう命じられていたが余には食感味覚で苦痛だった」
美味しいのにね、ナスの漬物。
「まさか。サラージュにナスの鉢植えがあるのは?」
「おお。まだ残っていたか。庭師に同じ土では育てるなと戒めていたが」
ナス・ジャガ芋などは連作被害が著しい作物。この連作被害などが一因で数億の死亡者が発生しているくらいなんです。
「余の戒めを守っていたか。それは上々」
もっとも庭師は世代交代しているらしいけど。
「じゃあ、私は」
「〝歯磨き粉〟であったな。確かにガリュもナスを乾燥したか焼いた粉を指先に塗っていたよ」
「あ? あんたどうしてそれを量産しなかったんだ?」
「おいおい。十六歳でも男に迫られるのは歓迎しないぞ。余は官吏としての栄達を望んでいるのだ。貴殿やガリュと違って仕組みも仕掛けも不明な品物に将来を賭けるは愚策ではないか」
「だからって」
両膝に手を置いた洋次。その左肩にキコローの手が添えられる。まるで、肩から砕けるんじゃないかって疑えるくらいの握力だった。
「洋次。貴殿の作戦は的を得ておる。モンスターの歯医者。ヒトの歯医者すら専門医はオルキアにほとんど、あるいは全くの不在だ。だが、敢えて遠回りした貴殿の作戦はオルキアに歯科の必要性を訴える事件となるだろう」
「でもマジには私は」
「そう。普通の高校生。親や親族に歯医者もいないから、〝門前の小僧〟でもない」
「なぁ。キコローさん。随分とチキュウ語詳しいね」
「うむ。ガリュ以外にも何人も稀人と接見審議をしているのだよ。だから正直ひと目で貴殿がふつーーーの高校生の稀人だと見抜けた。立場上幾つか形式的な質疑などは遂行しなければならぬと伝えていたはずだがな」
あった、そんなセリフ。
「どうして普通を強調するかな。でも、普通って間違ってない。いや、正しい」
「その自覚は必須だぞ。これからオルキアで生き抜くためには」
「生き抜く?」
「どうして普通の貴殿を優遇、厚遇すると思う?」
今度はキコローから耳打ちの距離に詰め寄って来る。
「なんだよ。男子が迫るのはイヤなんだろ」
「これは仕事だよ。任務だ。で、余は何人もの稀人を知っている。見ている。そして何人かは奴隷制度が残っているオルキアの政治を批判した。奴隷解放の官吏になると宣言した稀人もいたよ」
「そ、その稀人は今どこに?」
ほぼ密着。絵的には、いやーんな構図だ。
「会いたいか? 極めて難しいがな」
スっと身を翻して起立するキコロー。
「どうして。まさか地球に帰還したのか? 帰れる手段があるのか?」
「帰還?」
と、また襟を直している。
「ある意味では帰った。つまり死んだのだよ。正確には火焙りの刑。不敬罪と反乱未遂の罪で処刑だ」
「しょ、け」
なんだろう。オルキアに地震があるなんて聞いていなかったのに。でも、洋次の身体はガクブルしているんだ。
「歯が健全な生活には大切なモノ。胃や腸どころか心臓にすら匹敵する臓器並みの価値があると記載した書籍を目通しした経験がある。正直実感はないがな。貴殿は大人しく歯医者業務に励むがいい」
「書籍?」
「稀人。異世界転移するのは別にニンゲンに限らないのだよ。動植物、そして機械などの物品、土地そのものが転移した事例もある。その中に書籍がある。チキュウでは歯医者なる職種がある事。それは決して普通の青年では難しい技だとは承知しているのだ。余はニホンの書籍は読める故な」
「じゃあ私レベルを優遇する必要ないじゃないか。だって私よりも書籍の方が正確で経費もかからないじゃないか」
「あるのだよ。よく考えろ、品物があっても使い方は現地人でなければわからないし、使い慣れた頃に壊れてしまっては逆効果だ。赤子からオモチャを奪うに等しい行為だ」
「それはそうだけど」
「歯磨き粉だってガリュは製造法を教えてはくれなかった。第一オルキアでモンスターの討伐を行い、勇者の称号を得た老人には、それほど歯に重要性を置いていなかったようだ」
あれ。行儀が悪いなぁ。キコローは丸椅子の四本脚の半分を浮かせながら昔話に花を咲かせているぞ。
「普通と敢えて強調したが、板橋洋次。貴殿のどこが普通だ。チキュウでは当たり前でもオルキアには存在していなかったミキサーを生産して歯ブラシと歯磨き粉を生産。しかも稀人印だけが特徴の適当なニセ商品ではないのだ。昨今、貴殿のような稀人は珍しいくらいだ」
「でもモンスターの歯医者さんを自称したのも、色々造ったのも偶々(たまたま)さ」
「自分自身でも不当な評価はするべきではないぞ。忘れるな、稀人の立ち位置を弁えれば、汝の将来は暗くない」
「だといいんだけど」
ボリボリと頭を掻く。
じゃがいもの連作被害
18世紀、アイルランドで発生したじゃがいも飢饉が有名です。
累計すると億の犠牲者は、誇張ではないと判断します。




