135 礼儀知らずなメイドを躾けているだけだ
それは、オルキアでは初めて目撃した超高級な仕立て服のお客に対してだってのは理解できた。でも、どんなお客なんだろう。よっぽどの大金持ちのお客なら、何匹も診察を依頼してくれるんだけど。
「余の獣蓄が脆弱だと断ずるか。愚かな」
洋次がオルキアでの行動範囲では、地球ではシャツとか上着の部類ですら少数派だった。しかも、全て着こなしの歴史を語れるくらい色褪せたりほころびがあった。でも、余なんて古臭い自己表現するこの身長が二メートル級のおっさん──推定年齢三十代前半だ──は、買ってきたばかりみたいな眩しい生地に包まれている。どんだけご立派お金持ちなんだろう。
「だから」
瞬く間に接近された。身長は楽々と二メートル越えの超長身でファッションには素人な洋次でも、高級な生地で仕立てられた衣服。ゴテゴテと接着された煌びやかな勲章などの装飾品。
「キコロー卿。お久しぶりで御座います」
「き? 卿?」
メアリーが片膝じゃなくて両膝をついた。これって、いわゆる懺悔の姿勢じゃないのか。
「キコロー卿。じゃあ貴族なんだ。洋次、ま」
「稀人と名乗るのは、余の審判を経てからにしてもらおう。板橋洋次」
「え、フルネームで私を」
「勿体なくも僻地に審議官を御遣わし頂き、我が主君ワルキュラ・カミーラに代わり」
「七面倒臭い世辞は無用」
襟を正しながら尖塔内部を伺い値踏みしているようなキコロー卿と敬称された男。
「審議官。あ、私がニセの稀人かホンモノか調べる公務員か」
「一応ご明察と答えよう」
「で、私じゃなくて?」
メアリーを見下ろしているキコロー。官吏さんなんだって。
「公務の前に、既知として二、三。メアリーへの要件を済ませたい。暫し待ち給え」
「へぇい」
突然出現して、いきなり無視されちゃ、それは愉快じゃない。あ、でもメアリーと旧知、知り合いなんだ。
「遠路遥々(はるばる)、サラージュを再び訪れたら。縁とは奇なもの也」
「はい」
「メアリー、顔を上げたら? ってかメアリーと知り合いだったんだ」
「そうだよ。自称稀人の板橋洋次君」
「んで、どうしてまた襟を直すんです?」
「身嗜みは人としても節度の指標であり礼儀でもある。で、メアリー。覚悟はよいか?」
「はい」
「おい!」
メアリーの返事がスイッチ。抜き放った瞬間を、いやいやどこに鞭を忍ばせていたんだろう。
びしん。びしん。
メアリーの外見の賛美ではない。キコローがメアリーを鞭打って左右の二の腕辺りに命中した音だった。
「おい、何するんだ」
「手を差し出せ」
「はい」
見えない。素早い鞭の動きだ。
「やめろ、突然なにしてるんだ。メアリーが」
「したよ。稀人」
「んだと。お前、国家公務員でも」
びしっ。喉元に、鞭が触った。痛みとかはないから打ち据えられたんじゃない。キコローに迫り勢いを遮断されたんだ。
「貴様はまだ正式な稀人ではない。黙っていろ。礼儀知らずなメイドを躾けているだけだ」
「し・つ・け・? おい、鞭がしなったぞ」
「ふん」
洋次の喉元に刺さらんばかりの鞭を手繰り寄せるキコロー。
「そうか。イマドキのニホンジンは体罰と煩いようだが、だから無法無秩序な社会になるのではないか? 違うか」
「お前な」
メアリーの手を診ようとする。でも、反射的に腕を腰に回して隠すメアリー。
「これが正しい反応だよ。ニホンのコドモ。では、板橋洋次君のために、この愚かな町エルフが犯した過ちを列記して進ぜよう」
「んだと」
抜いた時もそして収納の時も、どこから現れてどこに仕舞ったんだ。キコローの鞭は。
「第一。仮りであっても稀人を地べたに這わせる非礼」
「そ、それは私がデスナイトの指とか色々」
「デスナイト?」
「一々癪に障るおっさんだな。人と話しながら襟を触るのは無礼じゃないのか?」
「だ・か・ら・。それはまだ貴様が稀人ではないからだよ。先ほどの説明を理解できないか、〝小僧〟」
「よよ洋次。キコロー卿は正しいのです。もし不快なら鞭打ちの際は目を閉じて下さい」
「あのなぁ」
正座のメアリーと超長身のキコロー。上下をキョロキョロしながら、やや刺々しい口調になっている洋次だった。
「女の子を鞭打ちってだけでキコロー。あんたを殴る理由がある!」
「そうか。デスナイトと誤認した不審人物に腰を抜かしていた模様だが随分威勢がいいな」
「あんた超能力者かよ」
「ふっ。調律をしていないイカレ楽器のようなお喋りが聞こえていたぞ」
「そ・う・で・す・か? じゃあとっとと私を稀人と認定してお帰り下さいね」
「ほう。『お帰りはこちら』か。久々に目撃したぞ」
それ目撃じゃないんじゃね?
「だから私は正真正銘の日本人。地球人で、メアリーやカミーラたちにとっては稀人だんだよ。ほら、素早く認定して素早い帰還しなさい」
「仕事は迅速にか。だが」
それなりの角度で膝を曲げないとキコローはメアリーの頬に掌をタッチできない。
「あ! てめえ!」




